■ 男性身体は“雑に扱っても平気”という幻想──MTF医療に潜む重大な盲点

私は最近、どうしても見逃せない現象に気づいた。

MTFのホルモン治療において、

週1回・10mgのエストロゲン筋肉注射

を平然と行うクリニックが存在している。

女性の更年期治療なら即・中止の過量投与が、だ。

しかも、翌日に頭痛・倦怠感といった典型的な「高エストロゲン症状」が出ているにもかかわらず、それを危険信号だと誰も受け止めていない。

なぜ、こんなことが起きるのか?

答えは単純ではない。

しかし構造そのものを見れば、驚くほど一本の線で貫通している。

■ 1. 女性には絶対にしない量を、男性には“許してしまう”

婦人科領域で使われるエストロゲン量は、慎重そのものだ。

  • 1mg/日(経口)
  • 0.025〜0.05mg/日(パッチ)
  • 筋注なら 1〜5mg を 2〜4週に1回

これが「普通」の世界である。

女性患者に10mgを毎週打っていたら、医師は即刻見直しを迫られる。

ところがMTFになると、この倫理基準がふっと消える。

理由は明白だ。

医療者の無意識は、“男性身体は多少壊れても平気”という古代の生存戦略OSのまま動いている。

これは差別感情ではない。

もっと深い、生物学的な“前提”だ。

■ 2. 卵巣がないのだから、本来は“より慎重”であるべきなのに

卵巣のある女性は、エストロゲンのフィードバック機構を持つ。

しかしMTFの身体は違う。

  • 卵巣による制御がない
  • 投与したホルモンがダイレクトに血液へ
  • 血栓・肝機能障害・自律神経失調のリスクは高い

だから本来は「慎重の二乗」で扱うべき存在である。

にもかかわらず、現場で採用されたのは

“男だから多めでも耐えるだろう”という無意識の計算ミス

である。

身体神学的に言えば、これは

男性身体には「消耗品」としての扱いが歴史的に結びついている

ということだ。

■ 3. FTMとMTFの医療倫理は“逆転”している

現代医療を俯瞰すると、明らかな歪みがある。

● FTM(女性→男性)

  • 子宮摘出は慎重すぎるほど慎重
  • 卵巣摘出は倫理委員会が重くのしかかる
  • 「将来の可能性を奪うな」という声が飛ぶ
  • 胸の手術すら“保護”の対象

● MTF(男性→女性)

  • 高用量の女性ホルモン投与はノーチェック
  • 危険水準でも誰も警戒しない
  • 血栓死が積み上がっても“個人の問題”にされる
  • 医療倫理が甘いという自覚すらない

この差はどこから来るのか?

結局は、

“女性身体=守るべき核” “男性身体=すり減っても仕方ない外殻”

という数十万年単位の生存戦略が、人間の思考を裏で支配しているからだ。

人類はこれを意識すらしていない。

■ 4. なぜ誰も声をあげないのか?

答えは残酷でシンプルだ。

■ 女性身体の苦痛には道徳が反応する

→ だから過量投与は「悪」として認識される

■ 男性身体の苦痛は“ノイズ”として扱われる

→ だから過量投与が「事故扱い」で終わる

その上で、MTFの身体は

女性の形をしているが、医者の脳内では“男性身体の延長”として処理されてしまう

という構造的悲劇が起きている。

結果、誰もブレーキを踏まない。

こうして「気づかれない死」が起き続ける。

■ 5. 私が問題にしているのは“個人”ではない

私が怒っているのは、

医師でも、当事者でもない。

怒っているのは、

医療を動かしている古代OSそのものが、MTFの死亡を“誤差”として扱ってしまう構造

である。

この構造に名前を与えない限り、未来の死者は減らない。

■ ■ 結論:

MTFに対する過量エストロゲン投与は、

「医療ミス」ではなく 文明レベルのバグ だ。

  • 男性身体は壊れやすい
  • 卵巣がない身体はホルモンに脆弱
  • 投与量は女性より慎重であるべき
  • それなのに医療が逆の行動をしている

このズレを正すには、

医学でもジェンダー論でもなく、

“身体とは何か”という根源的理解(身体神学)を更新すること

が必要だ。

私はその作業を、このサイトで続けていくつもりだ。

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