R8年の春。
私は、鮮血と血塊の混ざった出血が止まらず、生理後の「内膜脱落」が延々と続く状態に入っていた。
タンポンは三時間もたず、低温期の体温はガタつき、身体は明らかに疲弊していた。
木曜日で、近隣の婦人科はほぼ休診。
私は、R2年から検査だけの目的で通ってきた、昭和の化石のような婦人科医──母体保護指定医の老医師──のところへ向かった。
頼りにならないのは百も承知、それでも「止血だけでも」と思って。
ここからは、その診察の全記録である。
■診察の実際
「生理終わりのあとから、内膜の剥離が止まらなくて鮮血が…タンポンが三時間でダメになるほど塊と出血が出ます」
老医師は、こちらの説明を遮るように言った。
「なんで内膜だって分かるの?」
私は言葉を飲んだ。
「は? 血の塊と鮮血は内膜以外のなんなんですか? あと、これ基礎体温です」
「ガタガタやね」
(いや、ガタガタいうてもちゃんと排卵してるがな。)
内診後、医師は淡々と告げる。
「うーん、まあもう子宮内膜薄くなってるし、出血も止まるでしょ」
「止まりますかね? 今だいぶしんどいんですけど。三時間で超吸収から漏れるんですけど。ここってミレーナ置いてないんですよね?」
「だって子宮内膜薄くなってるし。止まる薬出しましょうか?
止まる薬飲んだらまた生理くるよ?
あと、うちはミレーナやってない」
(なぜ出血しているのかの説明がない。「また生理が来る」って、それは生理ではなく薬の血中濃度が落ちたときの内膜剥離やがな。)
「止める薬ってなんの薬ですか? 低用量ピルですか?」
「ノアルテンっていうお薬」
「ノアルテンか…。私、黄体ホルモンと相性悪いんですよ。ノリディもセラゼッタも破綻出血が増えるタイプで…」
医師は、私の説明をほぼ聞かずカルテに書き始めた。
「えっ、ノアルテンいやなの?
じゃあちょっと副作用強いけど──」
カルテに書かれた文字は「プラノバール」。
「ぐえ! プラノバールは中用量ピルじゃないですか。さすがにきつすぎます」
「はあ? じゃあもう薬いい?」
「いや、ノアルテンでいいです…」
「じゃあノアルテン、朝夕……うーん、やめよう。あっ、めんどくさいね。もう1日1錠でいいよ」
「それで止まりますかね?」
「さあ、分かんないよ。飲んでみないと」
■院内処方で渡された説明
受付のスタッフは丁寧だった。
「これお薬です。決まった時間に飲んでくださいね。
今日は”今すぐ”飲んで、明日は夕方の決まった時間でいいので、ズレは三時間以内にして、十日間飲み切ってください」
(今日は朝飲んで、明日は夕方? ノアルテンでそれは絶対あかんやろ…。
でも木曜でどこも休みだし、今は止血を優先するしかない。)
私は帰宅後、9時55分にノアルテンを飲み、翌日のアラームを設定した。
■ここから先は、私の見た”日本の婦人科の地獄の現実”の話
日本の婦人科は、都市部の「女性専門」や意識の高い病院を除けば、
ほぼガチャである。
しかも、SSRもSRも存在せず、ほとんどがハズレである。
R2年の初診から分かっていた。
検査だけしてもらえるから、と割り切って通ってきた。
しかし、身体がしんどいときにああしたやり方をぶつけられると、日本の女性たちのおかれている現実を思って、胃が痛くなる。
以下は今日の診察に含まれていた”構造的問題”である。
■1)「なんで内膜だって分かるの?」という責任放棄
鮮血+血塊+基礎体温変動は、内膜脱落以外の何ものでもない。
むしろ医師が説明すべき領域。
■2)薬の種類を説明しない
婦人科では、以下の薬が同じ「止める薬」として雑に扱われる。
- 低用量ピル(E+P)
- 中用量ピル(プラノバール)
- 黄体ホルモン単剤(ノアルテン)
しかし 作用機序が違う。副作用も違う。
患者に説明なしで出すのはあり得ない。
■3)排卵の有無を確認しない
基礎体温を「ガタガタやね」で終わらせてはいけない。
排卵があるかどうかは治療方針に直結する。
■4)黄体ホルモンの副作用歴を無視
私は自分の身体で理解している。
ノルエチステロン系で破綻出血が起きやすいタイプ。
それを説明しても、聞かれなかった。
■5)プラノバールの乱暴な提案
副作用が強い薬を、患者の経歴を見ずに「じゃあこれで」は乱暴にも程がある。
■6)ノアルテンの投与方法も不適切
ノアルテンは血中濃度依存が強い薬であり、
「今日は今すぐ飲んで、明日は夕方」は
薬理的に説明不能。
■7)ミレーナ非導入のまま放置
ミレーナは、私のように 内膜脱落が数ヶ月続くタイプの”根本治療” に近いが、
地方の婦人科では置いていないことが多い。
結果、女性たちは延々と「対症療法の薬ガチャ」を回される。
■そして、私は決めた
10日後、ノアルテンの服薬が終わり、今日の子宮頸がん検査の結果が出たら、
即別の病院に行き、ミレーナを入れる。
今日の診察は、私にその決断をさせる十分な材料になった。
■結び
これはラッキー・ランタンタンが、R8年の近畿地方で実際に経験した婦人科診療の記録である。
私だけが特殊なのではない。
恐らく、都市部以外の女性たちは似たような診察を日常的に受けている。
婦人科医療は日本では”専門の王国”であり、
説明も共有も標準化もされていない。
患者が自分の薬の種類すら知らないまま飲まされる現実がある。
私は、今日そのことを再確認した。
そして、次に進む準備をした。

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