「私は本来、生まれるべきではなかった」優生保護法後の日本で炸裂する“出生責任”の構造

「私は本来、生まれるべきではなかった」という言葉を見た

私のタイムラインに、「私は本来、生まれずに済んだはずだ。違法出生だ」という言葉が流れてきた。

その言葉づかいは強烈だったが、私は即座に「何を馬鹿なことを」とは思わなかった。

むしろ、日本の制度史がついに“出生そのものの責任”へ反転して突き刺さりはじめた瞬間として、非常に興味深く観察した。

優生保護法(1948〜1996)は、よく誤解されているような「障害のある胎児を中絶せよ」という法律ではない。

目的はむしろ反対方向で、

特定の疾患を持つ人々への断種・不妊手術を国家が管理する

という、出生の“未来”を管理しようとする制度だった。

だから法的には、「本来なら私は中絶されていたはず」という論は成立しない。

しかし、この言葉を捨ててしまうことはできない。そこには、個人の怨嗟ではなく、制度のバグが個体の内面まで落ちてきたときに生まれる“構造的な叫び” があるからだ。

出生責任が「本人」へ落ちてしまった時代

若者が「私は産まれるべきではなかった」と語る背景には、複数のOS(構造)が同時に破綻している。

● 家族OS

親の責任は個体の重荷へと縮退し、ケア負担が細分化された。

● 医療OS

発達障害や病的兆候への対応が個体依存になり、“制度が拾わない領域”が拡大した。

● 国家OS

障害・福祉・教育の境界が崩れ、本人だけがコストを背負う構造が常態化した。

この三つが壊れた結果、本人がこう考えざるを得なくなる。

「誰も責任を取らないのなら、そもそも出生が間違いだったはずだ」

これは哲学的アンチナタリズムではない。

もっと手触りのある、**生存コストの爆発によって生じる“言語の限界”**だ。

制度のノイズが個体のアイデンティティへ突き刺さる

優生保護法という“過去の制度の亡霊”は、本人が生まれた時点で既に終わっている。

にもかかわらず、

「あなたは産まれるべきではなかった」

という社会的な影の言説が、後方から追いついてきてしまう。

そのノイズは、本人のアイデンティティの中心に食い込む。

そしてSNSという増幅装置を通じて、

「出生そのものを違法として告発する」

という前例のない言語が現れた。

法的には棄却される。

だが、社会学的には極めて重要だ。

これは、制度が個体を支えるのではなく、

個体の存在そのものを制度が侵食しはじめたことの表れ

だからだ。

この言葉は “誤解” ではなく “構造の悲鳴” である

「中絶されるべきだった」「生まれない方が良かった」という言葉は、

本人の願望ではない。

それは、

社会構造が背負うべき痛みを、本人が全て抱え込んだ結果の“爆発地点” だ。

私は、この言葉を一蹴することはできない。

ここには、個体の苦悩が制度のバグを代替して記述しようとする、

新しい時代の苦しみの言語が立ち上がっているからだ。

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