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【記事番号】No.72/107
【タイトル】イドラの中の女性器切除、そして
【URL】https://finedayspill.blogspot.com/2013/06/blog-post_14.html?m=1
【投稿日】2013年6月14日
【全文アーカイブ】
2013年6月14日金曜日
イドラの中の女性器切除、そして
望まない妊娠や中絶を社会の責任と考える国では、中絶費用の個人負担額がゼロかゼロに近く、中絶率は低い傾向があります。中絶費用をゼロにすると中絶が増えると考えるのは大間違いなのです。
— ピルとのつきあい方(公式) (@ruriko_pillton) June 14, 2013
中絶費用をゼロにするなんてとんでもない、そんなことすれば中絶女が増えるに違いないと考える人は、中絶費用を罰として考えているのではないでしょうか。
— ピルとのつきあい方(公式) (@ruriko_pillton) June 14, 2013
望まない妊娠や中絶を社会の責任と考える国では、緊急避妊薬の価格は安くアクセスは容易で、概して中絶率は低い傾向があります。。緊急避妊薬へのアクセスを容易にすると性が乱れると考えるのは大間違いなのです。
— ピルとのつきあい方(公式) (@ruriko_pillton) June 14, 2013
緊急避妊へのアクセスを容易にするなんてとんでもない、そんなことすれば性が乱れるに違いないと考える人は、緊急避妊を罰として考えているのではないでしょうか。
— ピルとのつきあい方(公式) (@ruriko_pillton) June 14, 2013
女性の性の乱れを防ぐためには罰が必要とする考え。この考えがピルなど効果的避妊法の解禁を遅らせ、緊急避妊薬の敷居を高くし、高い中絶費用を当然としてきたのではないでしょうか。
— ピルとのつきあい方(公式) (@ruriko_pillton) June 14, 2013
女性の性の乱れを防ぐためには罰が必要とする考えが、この国の生殖医療を支配しているように思えてなりません。そして、高いノルレボ価格、高い中絶費用、高い中絶率の罰を実際に受けているのです。
— ピルとのつきあい方(公式) (@ruriko_pillton) June 14, 2013
女性器切除の風習をとんでもないと日本人は思います。しかし、女性の性的アクティビティを罰でコントロールしようとする日本の社会思想は、女性器切除の社会思想と同類であることに気づきません。
— ピルとのつきあい方(公式) (@ruriko_pillton) June 14, 2013
女性器削除は未開社会で広く存在した風習です。現在ではアフリカなどに残っており、女性の人権に対する重大な侵害として、その風習を根絶する国際的な取り組みが行われています。
女性器削除の野蛮な風習が残る社会に生きている女性の中に、この風習と立ち向かう女性が現れています。しかし、その中で生きてきた女性達はその理不尽さに気づきませんでした。
現在、先進国は避妊・中絶・出産に個人負担をなくす大きな方向で進んでいます。しかし、日本で中絶費用の個人負担をなくそうという提案がなされたら、大反対されるでしょう。そんなことをすれば、安易な中絶が増えると多くの人が考えます。その考えの中に、罰としての中絶という思想が含まれていないでしょうか。緊急避妊薬ノルレボは多くの国でドラッグストアで処方箋なしに買える薬になっています。ところが日本では、「適正使用」の名の下に、「乱用防止」策が考えられています。ノルレボが簡単に使えるようになれば、女性の性に抑止力がなくなるとの考えが見え隠れします。妊娠という罰で性行動を抑止しようとする考えと言えるでしょう。日本はアフリカほど野蛮な方法はとられませんが、罰で女性の性行動を抑止する思想で動いているように思えます。私たちの生きる日本の社会で、罰で女性の性行動を抑止する思想は当然のこととして男性だけでなく女性にも受け入れられています。それはイドラの中の偏見ではないかと思います。
中絶率が低いスイス その理由を探るhttp://t.co/vZbrKbvCFP 「実現したい!!5つの事」と恐ろしいほど重なっています。http://t.co/VrxavzPHvD
— ピルとのつきあい方(公式) (@ruriko_pillton) June 12, 2013
時刻: 22:41
【補足(私)】
(ここでは、「罰としての中絶」「罰としてのノルレボ価格」という、日本の生殖医療を貫いている規範の層が、女性器切除=FGMと同系列の「性を罰で統御する装置」として並置されている。
rurikoはスイスなどの中絶費用ゼロ政策と低中絶率のデータを引きながら、「罰で抑える」モデルと「社会責任として引き受ける」モデルの間に、はっきり線を引いている。
この短いテキストは、制度設計のレベルで女性の身体をどう扱うか──という問いを、価格・アクセス・歴史意識・イドラ批判(知らずに信じ込んでいる前提)の4層で突き立てているメモとして読める。)
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