ピルとその周辺 rurikoブログアーカイブ61

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【記事番号】No.61/107
【タイトル】阿修羅だったイエス
【URL】https://finedayspill.blogspot.com/2013/04/blog-post_4.html?m=1
【投稿日】2013年4月4日

【全文アーカイブ】
2013年4月4日木曜日
阿修羅だったイエス

避妊薬ピルが解禁になり13年余。緊急避妊薬ノルレボ発売から2年弱。
日本にはOC(ピル)を普及させると唱え、ノルレボを推奨するという人は少なくない。
しかし、現実は中用量ピルが低用量ピルに置き換わっただけだ。
それは当然の事なのだ。
中用量ピルの10倍、20倍の価格にして普及するわけがない。
価格の国家統制を不問にし、女性の無知が普及の障壁だと言う。
望まない妊娠と中絶の問題があるのに、
OC(ピル)はQOC(生活の質)改善薬だと強調する。
ノルレボの価格は、
「日本でのピルの第一人者といわれる医師の病院もその値段(27000円)」
だったりする。
何か間違っているのではないか?
OC(ピル)を普及させると唱える仲よしグループが跋扈しても、
何も変わらない。
それどころか、日本のピルの灯は消えてしまうかもしれない。

帝釈天は力の象徴。阿修羅は正義の象徴。
阿修羅は元々善神であったが、その常に闘う心ゆえに鬼神となった。
仏教は阿修羅を仏法の守護神と位置づけた。
阿修羅は鬼の形相と正義の心の両面を持つ。
仏像としての阿修羅像は温和だ。
阿修羅の形相を見ずに心を形にしようとしたからだ。
私には阿修羅とイエスが重なる。
「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。
平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。」(「マタイ伝」10)

戦いの鬼神阿修羅が仏法の守護神であったように、
日本のピルを守るのは鬼ではないのか、
鬼が必要なのではないのか。
阿修羅(鬼)が愛されないのはわかっているんだけど、阿修羅がいないととんでもない事になりそうで。finedayspill.blogspot.com/2013/04/blog-p…
— ピルとのつきあい方(公式)さん (@ruriko_pillton) 2013年4月4日

時刻: 18:21

【補足(私)】
(ここでは、具体的な制度論やテクニカルな話から一歩引いて、「誰が剣を抜く役割を引き受けるのか」という象徴レベルの問いが立ち上がっている。価格統制・“仲よしグループ”・ノルレボ高額設定といった現実の歪みを前に、阿修羅/イエスの比喩で、自分が鬼役=嫌われ役になることも含めて構造に切り込む必要を確認しているテキストに見える。性と避妊の権利をめぐる闘いを、宗教的イメージの層にまで接続しているのがこのエントリの特徴。)
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