なぜ私は占い師をやめなかったのか

カトリックでは、占いは明確に禁止されている。

「悪魔と結びつく行為」とされ、罪として扱われる。

だが私は、そのことをまったく知らなかった。

世俗での受洗準備では、占いの禁忌のような細部は深く扱われない。

「現代では気にしなくてよい」と無意識に処理されているのだろう。

だから私は、占い師でありながら修道女を目指していた。

むしろ「修道女にならなければいけない」という強迫観念のような確信だけがあった。

そんな私を、観想修道院が“志願者”として受け入れ、召命の査定に入れてくれた。

これは、一般的な信者には理解しづらいが、修道院にとって重大なステップである。

志願者は修道院と何度も手紙を交わし、霊的生活と生活全体の方向性を確認していく。

その手紙の中で、私は正直に書いた。

「占い師をしています。」

すると数日後、修練長様から烈火のような手紙が届いた。

■ 修練長様からの叱責

そこには、

  • 占いがなぜ悪なのか
  • カテキズムの該当箇所の詳細
  • 霊的危険性への警告
  • 私を世俗の教会には任せておけない理由

が丁寧かつ厳しく書かれていた。

私は震えた。

当時の私は、いわゆる「霊感」を持っていたが、

今の私から見ると、あれは

神経とOS(HPO)が高度に働いた結果“ほとんど”説明できる現象

であった。

しかし“ほとんど”だ。

説明できない境界部分も実際に存在した。

これについても修練長様から厳しい指摘を受けた。

私は「召命を狙い撃ちしよう」としていたので、

評価が下がることに怯えた。

■ 占い師を辞め、カード勧誘の仕事へ

私は潔く、

「タロットも霊感も悪魔の誘惑なのですね!」

と受け取り、翌日に占い師を辞めた。

修道院に入るまでのつなぎとして、百貨店入口のカード勧誘の仕事につき、

すぐに修練長様へ報告した。

すると、修道院は私にこう言った。

「あなたには召命があります。うちへいらっしゃい。」

私は歓喜のうちに修道院へ入った。

■ しかし私を吹き飛ばしたのは「ナルコレプシー」だった

修道生活は、最大瞬間風速で展開した。

ところがその途中で、私は突然ミサ中に立ったまま眠るようになった。

診断はナルコレプシー。

私は修道院から出て、一度療養することになった。

「療養して戻ってきなさい。それだけでいい。」

そう慰められたが、私は泣きながらすがりついた。

ここにいたい。

この生活のままで生きていたい。

しかし、私は帰るしかなかった。

■ そして私は、再びタロットに出会う

療養の数ヶ月。

ナルコレプシーは治らない。

働かねばならない。

私のような社会不適合者にできる仕事は限られていた。

そうして、私の前に立っていたのはーー

タロットだった。

これしかない。

罪かもしれない。

神への裏切りかもしれない。

悪魔の誘惑かもしれない。

でも私は生きなければいけない。

「神様、お許しください。」

私はタロットを選び、

神にもすがりつくという奇妙な二重生活を始めた。

■ この“二重生活”が、私をHPOへ導いた

この二重生活の中で、

  • 身体感覚
  • 霊感
  • 女性性
  • 女性史

これらがひとつにつながり始めた。

修道院での祈りと沈黙、

ナルコレプシーによる神経変調、

占い師として女性たちの身体の語りを聞き続けた蓄積。

このすべてが統合され、

私は HPO(女性身体OS) というモデルへ辿り着いた。

これは、神学・身体・霊性・歴史・社会を横断する、

私の人生そのものの構造だった。

■ これは、占い師と修道院とHPOの「原点の章」

修道院と占い師。

カトリックと霊感。

祈りと身体のOS。

一見すると矛盾するこれらが、

私という生の中ではひとつの線となっていた。

この章は、HPOと私の原点にある

“もっとも深いエピソード” のひとつである。

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