作成日:2026-01-26
元まとめURL: https://posfie.com/@Waisetsu_B/p/JJL9Wku
公開日:2016年5月13日
保存目的: 本記事は、2010年代日本における「表現規制/性教育/フェミニズム/自由/多様性」をめぐる議論の一次資料として、歴史資料的価値を鑑みアーカイブ保存するものである。本文は原文を一切改変せず、そのまま記録する。

リベラルと芸術・青少年・多様性・性教育 いろいろまとめ
公開 2016年5月13日
前回のまとめでは一部の方の意見と乖離した編集及びタイトル付けを行い申し訳ありませんでした。今回のまとめでは、柴田英里さん、Juan.Bさん、平尾 由矢さん、さすが多摩湖さん、Hikichinさん、ピルとのつきあい方さんのツイートを中心に、雑多ではありますが「自由」にまつわる話題を集めました。読まれる方の中で何かひらめく物があれば幸いです。 ※次回はテーマを定めたいと思っています。
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フェミニズムと言うのは伝統的なキリスト教と対立するところがあって、フェミニズム神学などというジャンルもあるのだけど。 私もフェミニストを自称する人達は正直かなり警戒していた。それでも、私がリベラル・フェミニストを称する人の話を聞いてみよう、対話してみようと思ったのは、(続
承前)フェミニズムを表現の自由の敵のようにみなすのは間違いだと、表現の自由の為に地道に戦い続けている人が折に触れて説いていた事が一つ。でも、決定的であったのはリベラル・フェミニズムを掲げ、声を上げている人がキリスト教の祈りの言葉を美しいと言ってくれたから。
承前)人の心が動くというのは、そういうものです。 ことキリスト教が悪玉にされがちなこの界隈で、あの一言は本当に嬉しかった。 私は忘れません。
ろくでなし子氏に「とりあえず差別かどうか何としてでも粗探しする」人々が噛み付いている事を知る
「何が差別か気付ける私スゴイ」運動じゃないと思うんですよね…。私は「差別か否か」という相対的な基準、非合理性が要件になる基準より、「排外主義か否か」という絶対的な基準、定量的な基準を非難の理由にすべきだと思うんですが。無論、故意の差別は多くが排外主義でもあるんですけど
「表現の自由は差別者の逃げ場だ!表現の自由を許すな!」という趣旨の書き込みを見て、ろくでなし子氏と対立関係にあるラジフェミ側の闇が大分深いと思いました
ラディフェミかどうかはさておいて、「表現の自由は差別を温存し得るから制限すべき」的発想の行き着く先は、同規格の人間以外はコンベアから振り落とすプラントな世界ですよ。
渡邊芳之さんynabe39の『「スナップ写真」は今はもう撮れないのだな – togetter.com/li/932304 良くも悪くも、今は「自撮り(地鶏)」「セルフィ」の時代なのだな……。そのうち、「ヌード写真はセルフポートレート以外権利侵害」みたいな世の中になったりして
「見る」「見られる」ことが暴力の加害被害に始終するような現代において、「覗く」という概念は鬼籍に入るしかないのか?安部公房の『箱男』のような問いは既にタブーなのか?
声かけ写真展確かにキモいとは思うんだけど、これペドフィリアや小児性愛者の暴走って断じちゃうのめっっっっっっちゃくちゃ差別的感情に基づいたヘイトって感じでヤバさを感じる
「声かけ写真展」まわりの反応で、とても不安に思うのが、未成年との性行為や、児童ポルノ所持が犯罪であるという事を、小児性愛者の存在自体が許されるべきでないというヘイト意識に結びつけてる人が結構いるんじゃないかなというところ。 犯罪者予備軍扱いみたいなのは、完全に差別だと思うのだが。
性的にもそれ以外の意味でも子供嫌いで苦手だけど、思春期手前の少年少女の身体の造形はとても美しいと思う。四角くて長細い構造体、瑞々しいアスパラガスみたいな美しさと生命力を感じる。
思春期手前の身体の骨と肉の絶妙なバランス、特に男女共に第二次性徴で変質する前のあばら骨と棒のような足の美しさが、ペドファイル的な文脈のみで語られるのはどうかと思う。
芸術とピンポンダッシュは時折似ている。「ある規範や価値観への不意打ち」によって、様々なことを問いかける。それは時代や国を越えることもある。
乳幼児の身体はラファエロの描く天使のように福福しくて美しいと思うし、思春期前の少年少女の身体は瑞々しいアスパラガスのようで美しいと思う。未成年の身体の表象(とりわけ、成人男性から未成年女性への視線)が、すぐさまペドファイルのみと断定することは、美を軽んじ過ぎであると思う。
アートのことなんて知りもしない人たちが、「表現の自由は差別を温存し得るので制限すべき」みたいなことをいけしゃあしゃあと言っているのを見ると、「世界から美が失われてしまう」みたいな鬱々とした気分になります。
「美しい」とか「洗練されている」とか、拡大解釈すれば「差別」で、成績下位者がいるから成績上位者がいて、オリンピックでメダルを取れない人がいるから金メダルを取る人がいることと同じこと。「みんな違ってみんな良い」の価値観のみを平等で正しいことであるとするなら、文化なんて滅ぶしかない。
『ズートピア』、ポリティカルコレクトネスエンターテインメントを突き詰めると”人間”なんて描けなくなる、という見方も出来る。
ミケランジェロがモデルから「自分に似ていない」と抗議されたとき、「モデルに似ているか否かなんて100年経ったら誰もわかんないっつーの!それより作品として美しいことが大事!」と言い返した話は、現代の価値観とは相容れないかもしれない。暴力的な方法で作られた美しいものは、無価値なのか?
「セルフポートレートと育児エッセイ以外の未成年の身体表象の禁止」みたいなディストピア。
『声かけ写真展』と『アーティストがギャラリーにデリヘル嬢呼ぼうとした話』は別のものでしょう。「やったこと/やろうとしたこと」を簡単に同列にして良いのか。雑にまとめて、「いかにも関連がある」ように見立てる手法自体印象操作的だけど、「アート」のこととなると殊更雑に扱われる印象。
『声かけ写真展』は、公式ホームページのステイトメントや作品販売など、批判されて然るべき問題だとは思うけど、「未成年の身体をまなざすことは犯罪者予備軍」「施設管理者の表現の自己規制規制強化求む」みたいな批判のされ方を見ると、「読み込みすぎ」「書き換えすぎ」と思う。
「かつて合法だった写真」を「現代で販売すること」は考えられるべきことだが、それを「成人男性が未成年の身体をまなざすことはけしからん」という形にして批判することには、差別や問題のすり替えが潜んでいると思う。公式HPや噛んでいると目される会社の出版物から嫌悪が生まれるのはわかるが。
「成人男性が未成年と関わること」と「成人男性が未成年を性的に欲望すること」と「成人男性が性犯罪を犯すこと」というのは分けて考えられるべきだと思う。
「男の社会」と「おんなこどものせかい」みたいな規範は、男性だけでなく女性も内面化している気がする。
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男女の賃金や雇用の格差がない社会を目指すには、「男の社会に女が進出する」だけでなく、「おんなこどものせかいにおとこが受け入れられる」ことも必要だけど、子供が知らないおばあさんに声をかけられることは無問題で、子供が知らない中年男性に声をかけられることは即問題になる現状がある。
「もう誰もブレッソンになれないのか」とか、あるいは「バルテュス……これはアカンやつやろ……?」みたいなことを思い思いに語り合って展示から帰れる世の中であれかしと思うのですが、行列のできる美術館と、観てない人にまで叩かれる展示の、線引き本当にここでいいのか、ずっとモヤモヤしますね。
続)「児童ポルノけしからん、ところでこれは息子が縁日でチョコバナナ食べてる写真ですかわいいと思ったらいいねしてね(友達限定公開)」も「私は純粋に美の象徴としてしか見てないし風景として撮っただけだしオカズにしたことないからセーフ!」も、ちょっと一緒に立ち止まって考えようや、と思う。
ゴーギャンの『ノアノア(かぐわしい)』という絵のモデルのタヒチの少女が、12歳でゴーギャンと結婚し、少女から感染した性病が元でゴーギャンが死んだという話を小6の時に知り、「なにがかぐわしいだ!ゴーギャンキモい死んで正解」と思った。だからジェンダーで読み解く美術批評に興味を持った。
(承前)絵画も彫刻も、「まなざすもの=男性」「まなざされるもの=女性」という不均衡な視線で発展した歴史があり、そこに異議を唱える為に作品をつくっている。だけど、差別的な視線を解析することと、差別的な視線を断罪し抹殺することは違う。
(承前)どんなに正しく優しく優れたイデオロギーであっても、それとは”別”の可能性を念頭に置くことが、美術に携わることだと思っている。美と法はまったく別のもので、美と善もまた別のもの。だから、「芸術家が人権を侵害することはある、ただし法の元では裁かれる」というのが私の見解。
(承前)「法の元で裁かれたとしても芸術家が人権を侵害することは許されてはならない。芸術家が人権を侵害するのを予防しよう。」という法側の発想があることはわかりますが、「法に与しないものは美ではない、芸術ではない」というのは違います。美は法によって生まれるものではない。
ジェンダースタディーズ的な視点から美術を読み解くことと、ジェンダースタディーズ的な視点にそぐわない美術を断罪し抹消することは違う。ジェンダースタディーズ的な作品を守る為にも、そうでない作品を守ることは必要。
「殺すこと」「奪うこと」ということは、単純に恨みを買うものです。正義の名のもとそれすら忘れたらアカンと思うのです。
日本の歴史で好きなところは、政権が血生臭い戦いによって変わっても、前政権の書物を焚書しなかったところ。
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秘宝館戦争@セックスファーストの会@hihoukan_sensou
何一ついけないことではないし、やめる必要なんてない。この関係を邪魔する全ての者、おかしな法令を作った者達こそ、悉く、馬に蹴られる処罰が待ち受けていると知るべき!! それにしても車の中にいるだけで何故職質されるのか、そこも不思議。 bengo4.com/c_1009/n_4629/
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リンク 弁護士ドットコム 「やめられなかった」女性教諭が教え子とわいせつ行為、恋愛感情があっても犯罪? 教え子の男子生徒とわいせつな行為をしたとして、兵庫県教育委員会は4月下旬、県立高校に勤務していた30代の女性教諭を懲戒免職とした。神戸新聞などによると、この女性教諭は、男子生徒から学校の悩みなどの..
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秘宝館戦争@セックスファーストの会@hihoukan_sensou
これ自体はもう10年くらい前には発表されていた気が。恋愛相手か性的関係という括りですから、必ずしも肉体関係とは限らない。それであっても「つがい」的状態を維持しているのは少数。実に率直な結果でありましょうし、社会規範のほうが不自然。 saras-media.com/39435
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リンク Saras[サラス] 高校生の恋愛・性的関係を可視化した「ジェファーソン高校恋愛構造図」がヤバすぎ・・・ アメリカにあるジェファーソン高校で、過去18ヶ月間の恋愛・性的関係を可視化した「ジェファーソン高校恋愛構造図」を知っていますか? これは、男子生徒を青い点
私にはワイセツはわからへん。警察の言う「劣情をもよおす」はワイセツやとすれば、そんなもんは個人個人、場所や土地柄により違うはずや。なんで、どうして、私の行為のどこがワイセツなんやろう。(92参院選)
鼻が高こうて白うて胴が短いっていうのが映画の中心だったからこそ、それがきれいっていう標準になるんで、足が短こうて胴が長いのを美の中心に持っていこうとする努力、ブスやっていわれても、それが美しいんや、という表現が、必要あるんじゃないかと私は思いますけどね
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
LGBTや障害者を「キモい」と言う感覚 在日人・ハーフを「非国民」「天地容れざる~」と考える間隔 そう言う感覚が確かに周りにあり、だが俺はそれを(とりあえず態度として)拒んできた…後者は当事者だったし 小児愛者や獣愛者他「差別されても仕方ない少数者・弱者」がいると言う感覚は嫌だ
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
前から何度も書いているが…改めて、 個人及び個人間において様々な選択・表現・性の自由があって良いし、 権力に個人の通信や本棚・PCを粗探しされる道理はないしそんな悪法に従う必要は無いと 「たまたま」児ポ法や青少年健全育成がこれに当たったのか? 権力は少数者・弱者を標的にしてるよ
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
いい加減、「一定の規制がある方が『法治主義』っぽい」とか「TVに出てる表現がカッコ良くて、少数者・弱者の表現はカッコ悪い」とか、「子どもや障害者などの意匠にろくな意味はない」とか… (色々曖昧だが)そう言った自分の首を絞めるだけの馬鹿げた考えを捨てていかなければならないと思うよ
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
多様性やそれを支える少数者・弱者を押しつぶし、世の中を「単一的」「分別的」「禁欲的」「清潔的」にしようとする保守権力への抵抗、それがまず俺の態度だ 反表現規制も、反強制ゾーニングも、反青少年健全育成も、そして欠かせない反差別も全てそうだ 世の中「キモイ」少数者・弱者だらけになれ
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
まず、俺は「事案」「事例」と言う物には反発しているよ twitter.com/GreatJuanism/s… こんなの監視社会の象徴なだけで、一番犠牲になるのは少数者・弱者だと考えてるよ その内、「見慣れない」在日人・ハーフが歩いてるだけで学区だの何だのでメールがばら撒かれる様になるぜ
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Juan.B@『戦前不敬発言大全』 3月18日TALKINGBOX@GreatJuanism
前ツイートの様に防犯なる名目で「子供の前を男が通り過ぎた(だけ)案件」が出回る状況は、警察にも色々な口実を与えるし、回す側・受け取る側でまるで「警察24時」の様な展開を楽しんでるような事さえあるんじゃないかね 「警察24時」は何でもない様な人々を犯罪者に見せ掛ける酷い番組だが…
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
「アート」か差別かの区別は誰にもハッキリ付かない しかし「『少数者・弱者差別』も一つの形!」「多様性を壊すのも『多様性の一つ』として認めろ!」と言う者は全く擁護しない …残念ながら「日本の反表現規制派」にこの点で期待出来る事は無い twitter.com/GreatJuanism/s…
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Juan.B@『戦前不敬発言大全』 3月18日TALKINGBOX@GreatJuanism
俺は何でも「中立だ」「右も左も無い」なんて立場で擁護しない (覚えといてくれよ、俺は保守派を「差別も一つの立場」なんて擁護しないからな、そいつらは多様性を破壊するのだから) しかし個人及び個人間の選択・表現・性については、擁護も何もただ「ある」だけだ 同性愛、国際交際、小児愛…
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
俺自身は「差別的表現」に苦しんだ事も、自分の表現が「少数者・弱者」的に規制された事もあるので、本当に面倒だが しかし表現規制、健全育成、「公序良俗」等と言う物が保守権力から湧き続ける中で、 これに抵抗しない限り(乗っかってしまう限り)、自由なんかままならないのだと思っている…
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
「生まれる前から先天性障害があるかかどうか分かる」 「この検査キットを使うと誰が同性愛者やバイセクシャルかどうか分かる」 と言う様な事は大体否定…少なくとも「倫理」的に議論されるのに 「これがああだと小児愛者だと分かる」 と言うのは「社会的、公序良俗的に正しい」事なんだろうか?
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
誰が「アカ」であるかとか、誰が遺伝的障害を持っているとか、誰がLGBTだろうとか、 そう言う粗探しは否定されている しかし逆に「誰が在日人・ハーフの血を引いているか」「誰が小児愛者だろうか」と言う粗探しはますます激しくなっているね 一体「誰が誰で」保守社会様に何の問題があるのか
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
女子高生と寝て同人作家が捕まったとか言われてるが 現行の法律がどうであろうが、個人及び個人間の行為は自由だ 周りの人間が「またバカが捕まったww」等と笑う事ではないよ 日本人とドイツ人が交際し 身体障害者と「平常者」が結婚し 15歳と40歳がセックスする いつも「それだけ」だ
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
いつも、(援助交際事件に限らず)この様な「人間関係、交際」を嘲笑するような報道を見ると嫌になるのだ 自分は好きな人と付き合いたくて 時代劇の中の駆け落ちは応援して でも 誰かの同性愛や国際交際や年齢差交際(それが援助交際と言われても)は、 罰したり嘲笑したりする対象だと言うのか
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
大体思春期を迎えれば、青少年の「心」は自由だよ 見たい物を見て、聞きたい事を聞いて、付き合いたい物と付き合う その見聞きしたい対象がある時はエログロ表現で、 付き合いたい人間がある時は国籍の違う人間や、年の離れた人間だった それで? このクソ「道徳」が無くなればもっと楽になる
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
俺の見た範囲で…両親の国際結婚を攻撃した者、俺の混血性をどうこう言った者、 これらは今「援助交際した同人作家」を嘲笑している風潮と繋がってるさ 個人及び個人間において「誰が誰とでも」「誰が誰でも」 それだけの事がなぜ「気に入らない」のだろうか 日本は「自由」な国なんかではないよ
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
アナキズムFAQより、青少年の交際に関するアナキストの態度 ne.jp/asahi/anarchy/… 本来このページだけでなく翻訳されている全ての物に目を通すべきだし、またこのページはあくまでアナキストの代表と言う訳でも無いことに留意しつつ…非常に解放的で良い事が書いてある
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
「青年期最大の問題の一つは、親と社会一般による性の抑圧である。十代は、性のエネルギーが最高になる時期である。それなのに、何故、十代の若者たちに、セックスを活発に行うようになる前に、「結婚するまで待て」とか、少なくとも家を出るまで待て、などというバカげた要求をするのだろうか?」
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
「何故、米国のような「先進」諸国に、19歳の「男の子」が17歳の彼女とセックスをすると、彼女の親(!)によって「法定強姦」だとして逮捕されることを条文化した法律が存在するのだろうか?」 個人及び個人間の選択・表現・性を規制する悪法が本当に大手を振ってそこら中で「常識面」している
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
「十代の若者たちは、セックスパートナーと一緒にいるときに邪魔されることのない個室を充分に利用できるなければならないだけでなく、親は、子供の健康と幸福のためにそうした行動を積極的に奨励しなければならない(もちろん、その一方で、関係を持っている相手を尊重…ついての知識も促すが)。」
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
「既に記したように、原始共産制の社会秩序を基盤としていた家父長制以前の社会では、子供たちは完全な性の自由を持っていた。だが、母親中心の氏族社会が、経済と社会構造において家父長制に向かうとともに、子供時代の禁欲主義という考えが発展したのである(セクションB.1.5を参照)。」
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
引用ばかりしてもしょうがないし読み難い箇所も無いと思うので後はリンク先を見て欲しいが 「海外では青少年の性は規制の対象!擁護するだけで悪の手先扱いなのは常識!」等と喚く者が居る …あまり良い言葉でないが悪い意味での「出羽守」と言う物だ どこでも「青少年がいる」事を無視しただけだ
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
…俺はもうはっきり言って、青少年の「青年」と言う区分を言うにも苦しい年齢になっているが(二年前は言張れたのだがw)、 それでも青少年の時に(&ハーフとして)感じた理不尽な規制や差別の酷さを忘れてはいないし、次世代の青少年の選択・表現・性を規制しない大人になりたいと思い続けてるよ
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
これらの、青少年の選択・表現・性の解放が果たされる為には、(「アナキズムFAQ」であるように)権力や保守社会を消滅させて、 また人を生き辛くしたり差別する為の「出羽守」ではなくて人を楽にするための「出羽守」思考を得なければならないね twitter.com/GreatJuanism/s…
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Juan.B@『戦前不敬発言大全』 3月18日TALKINGBOX@GreatJuanism
ウガンダで同性愛者への厳罰が行われている事を受け入れる者は居ないだろう トルクメニスタンで国際結婚への制限が行われている事に賛成する者は居ないだろう これが「青少年の性」になると賛成してしまう者が居るのは何故だ? カナダの諸悪法しかり、アメリカの小児愛者を差別する番組しかり…
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
ウガンダで同性愛者への厳罰が行われている事を受け入れる者は居ないだろう トルクメニスタンで国際結婚への制限が行われている事に賛成する者は居ないだろう これが「青少年の性」になると賛成してしまう者が居るのは何故だ? カナダの諸悪法しかり、アメリカの小児愛者を差別する番組しかり…
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
少数者・弱者の解放、個人及び個人間の選択・表現・性の自由、保守権力に打倒…に繋がる運動・言動・行動等々は国内海外問わず何でも参考にして受け入れる だが前ツイートの様な、ただ閉塞や差別や表現規制を求める様な物は何も参考に出来ないし受け入れる事も無い 世の中を「楽」にするのが一番だ
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
しかしまた… ブーアブキッキオ氏の来日の際にはイギリスやオランダに対して「文化や表現が劣った国」と言うどうしようもない言葉が飛んだ あるいは「出羽守」とか言う言葉は見境無く飛んで最早海外を少しでも参考にする人間はこの言葉を浴びない日は無いって感じだ 「楽」になれる日は遠いね
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
いい加減、個人及び個人間の選択・表現・性について「誰かを罰さなければならない」「禁欲的・分別的・単一的であるのが正しい」という様な考え方をするのを止めなければ、 老若男女LGBT、障害者、在日人・ハーフetcみんな閉塞感の中でくたばって行くだろうな 「個人」の何が「嫌」なんだ?
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
君のお隣さんはモルドバ人と結婚して、 君の叔母さんは息子くらい年が離れた青少年と交際していて、 君の恩師は同性愛者で、 君のよく行く公園では学生がイチャイチャしていて、 君の友達は大麻を吸っていて、 君は……何でもない? あやふやな「法治主義っぽい」事なんかより、多様性が絶対だ
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
青少年時代に青少年差別とハーフ差別を一度に感じて以来、この閉塞にはうんざりしている 個人的な勝手な思いだが、大正時代のアナキストや二百年前の自由主義者達も似た思いだったんじゃないか(俺は彼らの小指の先にも及ばないが…w) 「少数者・弱者差別」と社会の閉塞は密接な関係ではないか?
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
四十年前(それ以前から)、国際交際は嘲笑(羨望混じり)の対象だった 二十年前、同性愛者の「ハッテン」はテレビでおちょくられる対象だった 今、たかが「年の離れた者」の交際が攻撃される それも赤ん坊や痴呆老人に強制した訳でもないものが 日本で「自由」にまつわる物は発展していない
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
もし、本当にあなた方(画面の前で少しは意識がある者)が、差別や閉塞をどうにかしたいと思うなら… 「『法治っぽいもの』全てに逆らえ」等とは当然言えない だが、身近な国際交際、同性愛や障害者の交際、勝手に「事件化」される青少年の交際などを目にしてもせめて攻撃しない位は出来るだろう
真に深刻な人権侵害ってアメリカに奴隷として連れてこられた黒人を描いた『ルーツ』を見るとわかる感じだと思うんだが。あの人権侵害を常識として疑えもしない感じ、小児性愛者の扱いに似ている。
『ルーツ』が衝撃なのは黒人差別があったと薄っぺらに触れられる程度の歴史がリアルに扱われてるのと、描かれてる時代が現代よりそんなに昔でもなくて、そこで「黒人も教育すれば頭がよくなるのかな?」「なるわけないだろ」みたいなそれが常識で疑われもしないあの感じなんだよな
いいかげん、「この感覚が問題とわからないとは……」とかいう誰もわかるわけない個人の感覚を根拠にした厨二病みたいないちゃもんで規制とか要求すんのやめられないのかね。そんなもん誰も知らねーよ、誰も全く同じ感覚なんて持ってない。未だかつて全く同じ個性の別人は誰一人発見されてないんだから
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
何か事件があると「まさかあの人があんな事を」なんて報道がされるね 誰だって、何にでもなり得るのだから大して驚く事はないのに 君のママは「過激派」闘士で 君のパパは投稿エロ漫画家で 君の先生は同性愛者で 君の友達は小児愛者で 君の街の警察署長は風俗の常連で 君は何でもないのか?
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
身近な人の新たな側面を見れば驚く事もあるだろう そいつがセコい盗みや詐欺なり権力のスパイとでも言うなら単に「悪い」だろう だが社会が「驚い」てるのはそんな事ではないよね 「我々の身近に、我々の『ふつー』(幻想)を乱す人間がいた!」と言う、色々な事象を無視した偏見や差別だろう…
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
例えば本人が頼んでもいないのに「あの人のルーツが朝鮮半島や被差別部落にあった!」と騒ぐ あるいは「生活保護を受けていた!」「同性愛者だった!」「小児愛者だった!」と騒ぐ そしてまたそれらの内容が「悪さを意味している」事になっている 社会の「驚き」はたくさんの差別や偏見と共にある
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
「元ヤンキーの自慢話」は嫌いと言う者は多いが、元検事だの元公安だのがテレビ番組などで 「こんな『汚い』『スレスレ』手段で少数者・弱者を捕まえたり分離したよ〜」 と権力の横暴を自慢として自己暴露しても、「ふつーの日本人」達は「驚い」たりせず、平気で称え…強きを助け弱きを挫く社会だね
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
俺は「まさかあの人が(あんな事件・少数性を)」と言うのは、事情は色々あるにせよ嫌いだ twitter.com/GreatJuanism/s… 「まさか、あの人が『キチガイ』だったなんて」 「まさか、あんな偉い人が『オカマ』だったなんて」 「まさか、かの人が『ロリコン』だったなんて」 …
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Juan.B@『戦前不敬発言大全』 3月18日TALKINGBOX@GreatJuanism
何か事件があると「まさかあの人があんな事を」なんて報道がされるね 誰だって、何にでもなり得るのだから大して驚く事はないのに 君のママは「過激派」闘士で 君のパパは投稿エロ漫画家で 君の先生は同性愛者で 君の友達は小児愛者で 君の街の警察署長は風俗の常連で 君は何でもないのか?
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
こう言う口も嫌いだ(と言うかあまり意味は無い)が、断言口調で書いてやる お前のママは実は『過激派』だ お前のパパは実は『ペドフィリア』だ お前の恩師は実は『オカマ』だ お前の友達は実は『多重人格者』だ お前の恋人は実は『朝鮮人』だ それで、それが? テレビ様の言う事が全てか?
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
以前、未成年を家に止めた云々で誰かが逮捕された時、 某劇画原作家は「女も悪い」と言い、「ふつーの日本人」どもは「『正しい大人』は青少年に心を乱されない!」と喚いていた 誰かを罰さなければ、何かの人間関係が「悪」でなければ気が済まない連中ども 俺は「誰も罰されるな」とはっきり言う
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
「誰が誰とでも」そして「誰が誰でも」 個人及び個人間で合意があるなら(俺はこの下限を「自分で思春期と思った頃」と考えるが)、 その選択・表現・性は自由なのだ… ハーフ差別にも 青少年差別にも 保守社会にも 男女論にも 年代論にも 「単一的、分別的、禁欲的社会」にも ウンザリだ…
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Juan.B@非国民ハーフ 戦前不敬発言大全三刷@GreatJuanism
一体お前の親戚がアメリカ人とセックスして何が問題なのだ 一体お前の友人が青少年と付き合って何が問題なのだ 一体お前の下の階のババアが実はジジイで何が問題なのだ 一体… この閉塞感を作り出しているのは、本当に「社会自身」だ 自分が楽でありたいなら、自分の身の回りの全てに楽であれよ
個人的にはね、「オタクの為だけの表現の自由」を追っかけてる訳じゃないんだよ。私は七尾養護学校で起きた性教育問題に関して、エロティックエンターテイメントへの扱い方抜きにして、政府側の対応に腹を立ててた口だしね。
あの時、七尾養護学校における性教育がなんて呼ばれてたか知ってる? 「性器の名前を触りながら連呼するのは過激な性教育は、”一般の価値観”と照らし合わせてもありえない」とかだったしな。養護学校とはどんな子が通うのか全く知らないくせしてね。
性的なエンターテイメントメディアに対する圧力の掛け方と、七尾養護学校の性教育に対する批判、どちらも源泉の価値観一緒。全く一緒。
プリキュアシリーズが「親にとって、子供に見てほしくない番組」として急激にランキングが上がっている件について、「戦闘が激しい」というのがあったけど、それに関しては「女の子が消費する創作物として、戦闘の激しいものが消費出来るようになった」という意味ではむしろありなのでは?
そもそものセーラームーンから端を発した「戦闘の場に女性キャラクターが赴くこと=女性が最前線で活躍すること(もしくはその表現)」に、むしろ諸手を挙げて絶賛してたのではないのか、とか。
これもある意味では反動保守の意味合いもあるのだろうか?
「女の子が(戦闘の激しい)プリキュアなんか見ちゃいけません!」的な。
うん、実に下らない、反動保守的価値観だな。
女子はいつから”おバカ”になってしまうのか #BLOGOS blogos.com/outline/174397/ 女の子はいつからおバカになってしまうのか、と言われても…そのおバカっていうのに非常に奇妙な違和感を感じてしまうんですよね…
私は女の子だからピンクを好きにならなければいけないと思ったことはないし(そもそもピンクが好きである)、男の子と比べて数学ができなくてもいいと感じたことはないし、自分の興味のあることは自分から学んできたから、その辺りで十把一絡げにされましても…
女子はいつから”おバカ”になってしまうのか #BLOGOS blogos.com/outline/174397/ この記事に書かれる「女子」の世界は私にとって異世界に感じられるくらい不思議な違和感に見舞われる。私は女の子だからお勉強は出来なくていいと思ったことがないんだよ…。
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リンク BLOGOS 女の子はいつから「頭からっぽ」になってしまうのか ~ 「ピンク色の世界」に閉じ込めないために私たちができること – 堀越英美(BLOGOS編集部) PVでは、ピンクのパジャマに大きなパステルカラーのリボンをつけた少女たちが、ピンクのベッドの上で飛び跳ねながら枕を投げ合っている。甘い声で歌われる歌詞は、「女の子はかわいくなきゃね」「どんなに勉強..
私は勉強は嫌いだったが(ナルコレプシーを発症してから授業で寝落ちしまくって授業についていけなくなって勉強が非常に苦手で嫌いになった)学ぶことは好きだったし、図書館にいることが大好きだったし、今も学びたいことを学んでいる。それを性別でどうこうと考えたことがないのだ。
男の子だから学ぶべきだ、女の子だから勉強は出来なくていい、と自分自身が考えたことがない。両親から、お前は女の子なんだから勉強は出来なくても…と言われたことがないのも大きいのかも知れないけれど。私は学びたいから学ぶ。知りたいから知る。
私の父は時にはお前は女なんだから、ということがあったようには思うけど、だからと言って私に制限をかけたりはしなかったように思う。私が病気だったから、それ以前の問題だと思われていた可能性も否めないが。
母は、女のくせにと言われながら男の世界で戦いながら生きていた世代のバリキャリなので、そういう意味では(家族観は世代相応だけど)非常に進歩的な人であり、女も男も関係ないという育てられ方をしたような気がする。
碧志摩メグやのうりんの胡蝶さんは性的決定権を失ってるの…?!ええっ?!ええええっ?!自発的に頬を赤らめているのではなく、赤らめさせられている受け身な、男の都合のいい状態を取らされているからアウトっていう…?そもそも二次元に描かれた絵の自発性や自己決定権って何だ…非実在自己決定権…
男は狼で肉食獣なのであれば、我々女は(この場合女は人間であると仮定して)飛び道具を持って戦ったり罠を掛けたり、もしくは捕獲して家畜化するしかないのでは?狼は家畜化は難しいらしいですが。
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ただ男が狼で肉食獣だと、獣姦ということで別の人が喜んでしまうな…
男性によって生存を脅かされるというのは、やはり暴力ですかね。暴力は確かに、ふと殺されるかも知れないという気持ちが湧いてきますからね…。
創作において男に都合のいい女性が描かれることは珍しくはないですね。ドウォーキンのポルノグラフィの定義(碧志摩さん等がそれに当たるかはわかりませんが)。しかし彼女と意見を異にするのは、ポルノとして存在して別にかまわないという点ですね。 twitter.com/tamako_han/sta…
僕もそういうのはポルノだとは思う。しかしドウォーキンが「こういうものがある限りは女性は解放されない」というのは極論で、文化的に褒められたものではないかも知れないが、なにがしか人に(潜在的には女性にも)必要とされるものではある。@visco110
@visco110 そういえば、ポルノ規制反対派フェミニストというのは以前、青識さんに紹介してもらったことがあったなあ。 twitter.com/dokuninjin_blu…
男に都合のいい女、という一面だけで見るのはどうですかね…。女性だって創作しますし、ポルノも書きます。女性は自分にとって都合のいい男をかかない、ということもないわけで。 twitter.com/visco110/statu…
いや、性別を差し替えてもらってかまいません。世の大勢のことを云っているので、逆のケースがないとは思ってません。文字数のこともあるけれど、どうも僕は「男性(同様の女性も含む)」みたいな、保険をかけた云いかたは煩わしいんですよ……。 twitter.com/tamako_han/sta…
私は、僕は、で語ればいいんですけどね。 twitter.com/visco110/statu…
人権のために闘ってる人・団体の中には「目的のためなら手段も選ばない」「嘘も方便」的な方面に走る人・団体も存在するのですよ。しかし、彼らによる問題提起の中にも有益なものはある。そのあたりを理解せず、なにもかも善悪の二極論で判断を下しては他人を叩く人が多すぎる印象。
そう、有益な情報があったり、有益な行動をしていたり、というのもあるんですよね。ダメなものはダメなのだが、いい部分に着目をするのは忘れたらいけない。
「児童を描いたポルノ作品はなくせ」「BL・ヤオイ作品をなくせ」「健全な男女の恋愛のみ残せ」なんてことやったって、児童や女性・男性への性被害はなくならない。むしろ潔癖を求めすぎて性教育普及の阻害要因にさえなる。そして、無知から性行為は苦痛なものとなり、女性への暴力は増える。
性表現の害悪性は、根本的に「性教育として教えないといけないことを教えていない」から発生するのであって、学習の権利の問題だ。それを表現の問題にすり替えるから、害悪が広がる。社会人になってからの中絶の問題・避妊の問題・性病の問題の多くは学習してないから起きている。
創作物はね、多くの人が「いかに面白くするか」を突き詰めていくの。その価値観は様々だ。そして、美しさ・かわいさ・お笑いだけでなく、暴力・エロ・残虐…あらゆる手法を使って面白くしようとする。表現する側として作品に応じてエログロも描くこともある。作品に魂を込めるために。
性教育は、自分が不幸にならないために、他者を不幸にしないために学ぶ必要があるんだよね。知識を得て、その知識をどのように扱えばいいのかも含めて。自分の身体の性を知ること、他人の身体の性を知ることが出来て初めて自分そのものも理解できるのではないかな。
ある高校から性感染症予防の話の依頼。しかし、でかけていくと校長先生が、何を話してもいいがコンドームの話はやめてくれ、と。椅子から落ちそうになりますよね。「あの〜校長先生、文科省の指導要領ではコンドームを教えるのは中学ですぜ」。 ちゃんと読んでくださいよ….個人の願望は却下。
性感染症予防の話で、コンドームの話をせずにどうしろというねん。まずはコンドームは基本のキで、コンドームだけしてれば万全というわけではないという話をするのに。>RT
ある教育委員会の性教育の手引きには、体のパーツの名称は「幼児語を使いましょう」との記載。 膣、ワギナ、陰茎、ペニスどれもだめで、幼児語ですよ。「具体的にはなんといえばいいのか?」と聞いても誰も答えてくれませんでしたけど。
RTs 具体的性教育への忌避感情は、かなり一般化しているような。 日本では推進派対消極派の構図が見えないほどに、推進勢力が微弱だからなあ。
性教育への忌避感情と「健全育成思想」はセットなんだよね。 無菌純粋培養妄想。
強い性教育への忌避感情が、性教育という名の純潔教育への傾斜を生んでいて、 妊娠中絶の怖さ・性感染症の怖さ→良い子はセックスしてはいけません、という教育になる。 緊急避妊の知識なんてとんでもなかったり。
女子の結婚年齢を男子と同じ18歳にする方向で検討が進んでいるけど、 性教育の逆風になる可能性もあるんだよね。 性的自己決定能力年齢が18歳以上とされると、 性教育の逆風、「中高では純潔教育」の追い風になるかも。
性教育は、「不可侵な自分の体の主体である私」を育てる教育。 体の仕組みを知ることも、避妊の方法を知ることも、性感染症について知ることも、 そのための手段だ。 これがリベフェミ的な考えなんだけど。
「不可侵な自分の体の主体である私」 欧米フェミニズム100年の歴史は、これを脈々と引き継ぎ発展させてきた。 中絶の合法化もその中で達成されたし、性教育運動も展開された。 日本ではどうだったかな、と思う。
70年前後のウーマンリブを第2波フェミニズムという。そこで中絶の合法化が実現するのだけど、20世紀初頭の避妊運動の中で生まれる「不可侵な自分の体の主体である私」という思想がベースになっているんだよね。そこに連続性があるのよ。日本のフェミニストはそれが見えない。
声の大きい保護者の声を恐れてまともな性教育が教えられないのは事実だろう。たぶん、文科相の専門部会レベルでそうなっていると思う。その雰囲気は性教育学会で感じた。教育指導要領に関わる人が腰が引けてる感じで、結論を家庭で性教育をとなった。 twitter.com/ruriko_pillton…
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