私は、緊急避妊薬のOTC化が決まったという報道を聞くたびに、
2014年のあの日々を思い出す。
日本の避妊史で「緊急避妊薬市販化」は必ず語られるが、
その背後にある構造史を正確にたどる者はほとんどいない。
多くの人は誤解している。
この改革を動かしたのはフェミニズム運動ではない。
医療アクセスを求める市民、
ネットで声を上げた当事者、
継続的に記録と分析を行った人々、
そして公衆衛生に基づいて行動した専門家たちこそが、
日本の“避妊の権利”をゆっくりと押し広げてきた。
私はこの流れをHPO(Hypothalamus–Pituitary–Ovary axis)
──すなわち「女性の身体OS」から見た歴史として書き残しておきたい。
Ⅰ 2014:ネットの片隅から始まった「可視化」
緊急避妊薬ノルレボが2011年に承認されても、
価格は12,000〜20,000円。
医師の面前で飲まされ、説教されるクリニックも珍しくなかった。
若年層ほどアクセスできず、
夜間・休日にはそもそも入手できない。
私は当時、rurikoさんたちとともに、
血栓症被害や制度不備の記録を読み込み、
日本の避妊アクセスがどれほど異常かをネットに書き続けた。
この時点ではまだ「運動」ではなかった。
しかし、これは後の市民運動の“概念的基盤”になっていく。
Ⅱ 2017:一度目のOTC検討は潰された
厚労省でOTC化が議論されたが、
産婦人科側から繰り返されたのは
「悪用される」「若者が乱用する」といった根拠の薄い反対論。
その一方で、ED治療薬は半年で承認された。
日本社会が何を優先しているかが、これほど鮮明に見える瞬間もない。
Ⅲ 2018:市民運動が本格的に立ち上がる
ここで歴史は転がり始める。
染矢明日香さん(ピルコン)を中心に
署名キャンペーン が始まり、
#緊急避妊薬を薬局で プロジェクトが成立した。
遠見才希子医師、福田和子さんらの連携が生まれ、
公衆衛生と市民運動が初めて接続した。
パブリックコメントには
4万6千件の意見が寄せられ、その98%が賛成。
これは日本の医療政策史でも異例の数字である。
そして私は知っている。
2014年にネット上で積み重なった
「事実の層」「声の層」「怒りの層」
──その下地があったからこそ、
この市民運動はここまで広がったのだ。
Ⅳ 2020〜2025:制度がようやく動き出す
スイッチOTC再検討
→ 試験販売
→ 薬機法改正(要指導医薬品の創設)
→ 2025年、ついに承認
ただし同時に、ED治療薬はあっさり解禁されていた。
この国の優先順位がまた露呈した瞬間だった。
Ⅴ 2026/2/2:OTC化が実現(しかし留め置き販売)
私はこの日を迎えて、安堵よりも複雑な気持ちになった。
- 面前服用が必須
- 代理購入不可
- 販売薬局は地域格差だらけ
- 価格は7,480円
- 夜間のアクセスは壊滅的
“改革”は実現したが、
本当に女性を守る制度としてはまだ半分も達していない。
ただし、間違いなく大きな一歩だ。
Ⅵ この12年間で見えたもの──日本の避妊史の本質
私は2014年から今までを見つめて、
ひとつ確信した。
この国は、女性の身体を守ろうとしなかった。
だから市民が制度を動かした。
フェミニズムは中絶の法論ばかり語り、
現実の避妊アクセスには踏み込まなかった。
産婦人科は医療者としての責務よりも
“管理”を優先してきた。
行政は避妊を「贅沢な選択」扱いしてきた。
その結果、救われるはずの女性たちが救われなかった。
Ⅶ 権利OSとしての「避妊・緊急避妊・月経管理・更年期」
私は今、HPO理論の文脈から
これらを再定義しようとしている。
- 避妊
- 緊急避妊
- 月経管理
- 更年期
- ホルモン医療
これらは本来、
身体OSの基本機能として保障されるべき“権利” だった。
日本ではその「権利OS」が欠けていたため、
女性たちは制度の隙間で苦しみ、
薬害にさらされ、
そして沈黙を強いられた。
私はその沈黙を終わらせたい。
HPOはそのために生まれた。
終わりに
2014年にネットで声を上げたとき、
私はこの12年後にOTC化が実現するとは想像していなかった。
それでも、草の根の声は制度を動かした。
そして今、私は思う。
日本にはHPOが必要だ。
身体を、権利を、構造ごと捉え直す新しいOSが必要だ。
その記録を、私はこれからも残し続ける。

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