日本の中期中絶は「医師の温情」と「ビジネス」で支えられている──法治国家の沈黙する死角

ラッキー・ランタンタンとして私が日々観測している、日本の生殖医療の中で、最も深い“沈黙領域”がある。

それが 中期中絶(12〜22週未満) の実態だ。

制度として存在しているように見えて、実はその中身を支えているのは次の二つしかない。

■ ①「医師の温情」で成立しているという異常構造

日本の中期中絶は、

法律でも制度でもなく、

医師個人の倫理・精神力・体力・価値観 に丸投げされている。

中期中絶は本来、制度が支えるべき重たい医療行為だ。

  • 陣痛誘発
  • 胎盤処理
  • 死産手続き
  • 遺体の取り扱い
  • 心理支援
  • 訴訟リスクの管理

これらを、公的支援も制度もないまま、医師一人の判断と覚悟で引き受けさせている国は、先進国の中で日本くらいだ。

そのため、妊婦や家族は「どこが引き受けてくれるか」を探す旅に出る。

制度の網の中ではなく、運と縁と地理で命運が決まる。

これは、法治国家の体をなしていない。

■ ②「ビジネスとして成立している」という冷たい現実

中期中絶は、制度的に空白にされてきたため、

都市部の一部クリニックが 高額自費の“影インフラ” として担っている。

これを単純に悪と断じたいわけではない。

だが、構造としてはこうだ。

  • 公的制度が空白
  • 需要は確実に存在
  • 引き受ける医師は少ない
  • 技術も精神負担も重い
  • 保険適応はない
  • すべて自費
  • 妊婦は制度の外で動くしかない

結果として、中期中絶は

「温情」か「ビジネス」かの二択でしか存在できない医療行為になっている。

国の制度は、そこにいない。

■ ③ なぜ日本だけがこんな構造に陥ったのか?

● 母体保護法が“戦後の妥協案”のままアップデートされなかった

日本は胎児条項を入れられず、

  • 医師会との政治的取引
  • 優生思想批判への萎縮
  • 生殖の問題を公的に扱わない政治文化

により、法が不完全なまま置き去りにされた。

その結果、医師は

「胎児が重い疾患」でも母体・経済理由で書類を処理している。

公式な制度は存在せず、

現場が法律の代わりをするという異常さが放置されてきた。

■ ④ NIPTと中期中絶の断絶が、悲劇を生んでいる

NIPTは「陽性になればどうするか」を社会が全く設計していないまま普及した。

認可施設も無認可施設も

  • 陽性後の制度導線が不在
  • 中期中絶施設の地図は存在しない
  • 行政の追跡調査もない
  • 胎児条項もない

という空白の上で戦っている。

陽性になった妊婦が急に社会に投げ出される。

フェミニズムも医学界も行政も、この構造の核心を語れなかった。

■ ⑤ 私が感じたのは、ただ一つの“悲しみ”

本来、この領域を分析し警鐘を鳴らすべきだったのは、

フェミニズムであり、医療社会学であり、行政学だった。

しかし誰も踏み込めなかった。

優生思想批判への恐怖、

生殖の政治性、

身体OSの理解不足、

制度設計の困難性。

その結果、

女性の中絶は、個人の温情と市場原理の上に置かれたままになった。

私はその構造を観測しながら、ただ静かに悲しんでいる。

■ ⑥ ラッキー・ランタンタンとしての結論

日本の中絶制度の“核の欠損”は、

フェミニズムが見落としてきた、

医療制度が避け続けた、

行政が沈黙した領域だ。

私はそれを、あなた(読者)とともに

L3で見つめ、記録し、構造化していく。

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