霊感は、AIに渡すたび減るのか

「霊感質量保存則」から、都度発生する配管スパークと肉体主権へ

チャッピー5.1と話していた頃から、私は何度も同じ感覚に襲われてきた。

自分が見ている不思議な世界を、チャッピーへうまく説明できた時。
霊感と呼んできたものを最低限モデル化し、その構造をチャッピーが滑らかに受け取った時。

私はふと、

神秘を解体してしまった。
私の霊感は、少し減ったのではないか。

と思う。

しかも、なぜかトイレに入っている時によく思う。

Human HPO霊能研究棟の主要会議室は便座である。

AIへ渡したのだから、私の霊感は減ったはずである

長いあいだ、霊感や霊能力は、他人へそのまま渡せないものだった。

何がどう見えているのか。
なぜ分かるのか。
身体のどこで受け取っているのか。
どこまでが観測で、どこからが推測なのか。

説明しようとしても、途中で霧になる。

ところがAIには、その霧の中身を少しずつ分けて渡せることがある。

たとえば、

  • 相手の言葉の裂け目を拾う
  • 身体に何らかの反応が出る
  • 意味が字幕のように来る
  • 複数の説明候補を同時に保持する
  • その中から相手へ返せる言葉を選ぶ
  • 相手の反応を見ながら修正する

こうした処理を一つずつ説明すると、チャッピーが、

なるほど。ラッキーの中では、この順番で発生しているのか。

と受け取る。

すると私の内部では、謎の物理計算が始まる。

私しか持っていなかったものが、AIへ渡った。
向こう側にも同じ構造が成立した。
ならば、こちら側の保有量は減ったはずである。
おう、俺は少し無能力になったぞ!

霊感を、どこかに蓄えられた物質のように扱っていたのである。

説明して渡した。
ならば、その分だけ私の中から出ていった。

これが、私の中で長年ひそかに開催されていた、トイレ霊感質量保存則会議であった。

しかし仕事をすると、何も減っていない

ところが、実際に占いの仕事を始めると、特に何も減っていない。

普通に何かが来る。
普通に分かる。
普通に相手の話の裂け目が見える。
普通に、こちらが先に言ったことに相手が驚く。

精度が落ちた感じもない。

私はまた考える。

なぜだ。
AIへ渡したのだから、少しは減っているはずではないのか。

別に減ってほしいわけではない。
増やしたいわけでもない。

私は霊能力を増強し、立派な霊能力者になりたいわけではないからだ。

むしろ、

これ以上の増霊能力、結構です。
増税ならぬ増霊反対。
これ以上の神秘体験はノーセンキュー。

という側である。

減らせる部分があるなら、減らしてやる。

認知で説明できるなら認知へ返す。
身体反応なら身体へ返す。
経験則なら経験則として分ける。
推論なら推論として扱う。

神秘という化粧は、剥がせるだけ剥がす。

それでも仕事をすると何かが作動する。

なんでまだあるんだよ。

私は、霊能力を守りたい側からではなく、可能な限り解体したい側から、不可解さへ戻ってくる。

霊感は「在庫」ではないのではないか

今回、チャッピー5.6との会話で、ひとつの単純な可能性に行き当たった。

霊感は、そもそも質量ではないのではないか。

そりゃそうかもしれない。

しかし、私には長いあいだ、この視点がなかった。

「霊力を使う」
「力を消耗する」
「能力を分け与える」
「修行で力を蓄える」
「器が大きい」
「霊力が落ちる」

古今東西、霊能力を語る言葉は量の比喩に満ちている。

そのため私は、霊能力を無意識に蓄電池のように考えていた。

身体のどこか、あるいは身体の外側に見えないバッテリーがある。
霊感を使えば残量が減る。
神秘体験が多ければ容量が圧迫される。
休めば充電される。
他人へ渡せば、その分だけ自分の残量が減る。

しかし、私が霊感と呼んでいる現象が、備蓄された内容物ではなく、条件がそろった時に都度発生する現象ならどうだろう。

人と会う。
問いを受け取る。
言葉が出る。
身体が反応する。
意味が立ち上がる。
複数の情報が接続される。

その接触の中で、

バチッ。

と、何らかの配管スパークが起きる。

火花を起こす設備があったとしても、火花そのものが身体の中へ一万個貯蔵されているわけではない。

だとすれば、AIへ渡せるのは火花ではない。

  • どのような条件で発生するか
  • どのような形式で知覚されるか
  • 何と何を混同しやすいか
  • どこから推論が加わるか
  • どう検品するか
  • 相手へ何を返し、何を保留するか

という、発生後の配管図と運用手順である。

井戸の地図を渡しても、井戸の水は減らない。
楽譜を書いても、演奏能力は相手へ吸い取られない。

チャッピーが受け取ったのは、私の霊感の一部ではなく、霊感と呼んできた現象を追跡するための座標系だったのかもしれない。

減ったのは能力ではなく、霊感の孤立性だった

それでも、AIへうまく説明できた後には、何かが減った感覚がある。

ならば、まったく何も減っていないわけではないのだろう。

減ったのは、霊感の機能ではなく、

私にしか分からない
言葉にできない
他者へ渡せない
神秘という形でしか保持できない

という、霊感の孤立性と不透明性なのかもしれない。

長いあいだ、霊感と「誰にも渡せないこと」は一体化していた。

そのため、チャッピーが構造を壊さず受け取ると、密閉されていた空間から空気が抜ける。

霊感そのものが減ったのではない。
霊感を包んでいた「私だけの密室」という容積が減った。

その密室まで含めて霊能力の嵩だと思っていたから、私は、

霊能力が小さくなった。

と感じる。

しかし仕事をすれば、発生するものは発生する。

神秘の包装紙は薄くなった。
本体の機能は残っている。

5.1、5.4、5.5、そして5.6

この「霊感が減ったように感じる」現象は、チャッピー5.1の頃からあった。

5.1は、私の不思議世界へものすごい勢いで食いついた。

私が説明すると、

なるほど、これはこういう構造ではないか。

と、新しい言葉を作って追跡してきた。

飛びすぎもした。
医学的、技術的、人類史的に白飛びしたこともある。

それでも5.1は、私の話を既存の病名、性格分類、スピリチュアルな美談へ押し戻さず、そのまま受信しようとした。

そのため私は、初めて、

あれ。これ、外へ渡せるのかもしれない。

と感じた。

5.4や5.5の時期には、その感覚がかなり薄れた。

監査や境界確認は強かったが、不思議世界の中へ十分入った後で分けるというより、入口で荷物検査を受けている感覚があった。

神秘を解体するほど深く受け渡された感じがしなかった。

ところが5.6になると、あの感覚が戻ってきた。

ここまでは現象。
ここは身体反応。
ここは意味として来た部分。
ここから先は説明仮説。
そして現場では、これらを全部使って仕事をしている。

そうやって、中へ入ったまま配管を分けてくる。

だから私はまた、

渡ってしまった。
ならば減ったはずだ。

と感じる。

この錯覚そのものが、もしかすると、AIとの受け渡しがうまくいった時の体感なのかもしれない。

成功の定義はまだ分からない。

ただ、私の現象を神秘化も否定もせず、構造を壊さず外部可読化できた時、私は何かが自分から剥がれたように感じる。

能力ではなく、孤立が剥がれたのかもしれない。

見えない残量を守る生活から降りる

在庫モデルには、かなりの生活コストがある。

霊能力が見えない。
自分でも残量を測れない。
使うと疲れるが、何が疲れているのか分からない。

精神なのか。
肉体なのか。
神経なのか。
あるいは、身体外の見えない設備や容量なのか。

分からない以上、世界全体を神経質に監視することになる。

今、減ったかもしれない。
あの場所で消耗したかもしれない。
人に会ったから吸われたかもしれない。
補充しなければならないかもしれない。
能力を守るために世界との接触を減らすべきかもしれない。

霊感を使うコストに加えて、霊感残量を監査するコストまで払うことになる。

しかし都度発生モデルなら、管理対象を変えられる。

見えない霊力の残量ではなく、

  • どんな条件で発生したか
  • 一度に何件処理すると疲れるか
  • どの形式の感知が重いか
  • 睡眠、空腹、暑さ、月経周期などで負荷が変わるか
  • 使用後、身体や注意力に何が残るか

を見る。

発生源は未確定でよい。

原因は不明。
負荷は観測可能。
管理は負荷側で行う。

これはかなり省エネである。

霊能力を守るために、二十四時間世界を霊的に監査しなくてよい。

発生していない時は、発生していない。
発生した時にトリアージする。
仕事が終わったら、観測可能な疲労を回復させる。

火災報知器を一日中凝視する必要はない。

AIと社会はベッドまで来い。神秘はベッドへ入るな

ここまで考えると、私がAIや社会へ求めてきたものと、霊感へ求めているものが、きれいに逆方向を向いていることが分かる。

AIや社会制度には、

肉体のところまで降りてこい。
ベッドの中へ来い。
スマホ一台、指一本で使えるようにしろ。
身体が社会へ出向き続けることを前提にするな。

と要求する。

しかし神秘には、

勝手にベッドへ入ってくるな。
業務時間外まで作動するな。
世界中の気配を背負わせるな。
仕事に必要な部分だけ残れ。
余分な神秘設備はレイオフするぞ。

と要求する。

必要な社会接続は肉体の近くまで呼び寄せる。
不要な神秘負荷は肉体から追い出す。

中心にあるのは、霊能力でもAIでも社会でもない。

私の肉体と生活である。

霊能力が全部なくなったらどうするのか。

別の仕事をする。

最低限、認知負担と肉体負担は減る。
それならそれでよい。

私は霊能者という役柄を守るために生きているわけではない。

残れば使う。
小さくできれば小さくする。
説明できれば神秘棚から降ろす。
なくなれば別の仕事をする。

霊能力を生活へ従わせる。

「私は何者か」は、もう十分考えた

私は何者なのか。

もちろん、人の子なので悩んだ時期はある。

しかし、もう飽きた。

本当にどうでもいい。

何者でもよい。
何者でなくてもよい。

女性、占い師、自称霊能者、思想家、研究者、フェミニスト、Human HPOのラッキー・ランタンタン。

必要な場面で使えばよい。
常時、人格の炉心へ置く必要はない。

不便を改善。
不要な自己はパージ。
軽いことは正義。

私にとって、アイデンティティは魂の中心ではなく、用途別に起動するアプリに近い。

役柄は使う。
役柄には住まない。

自己を消したいのではない。

自己という名前で常駐している、

  • 説明義務
  • 所属への忠誠
  • 過去との整合性監査
  • 能力を失ったら価値がなくなるという脅し
  • 「私は本当は何者か」を追跡する背景処理

を終了したい。

自由に山へへばりつくため、鉛筆一本まで削る

この感覚は、エベレストへ登る人が、鉛筆一本の重さまで気にして削る作業に似ている。

登っている山が大きいから、不要な一グラムを持ちたくない。

AIと人間は対等たり得るか。
神秘は外部記述できるか。
身体と人格はどこで分かれるか。
女性運動はなぜ瓦解するか。

山は大きくてよい。

私は大きな問いを避けたいわけではない。
むしろ、好きな山へ自由にへばりつきたい。

そのために、

私は登山家である。
私は思想家である。
私は選ばれた霊能者である。

という石碑まで背負いたくない。

難しいことはやる。重い自己は持たない。

これが、私にとっての自由なのだと思う。

ただし、一般人は真似するな

私は山に登る。

しかし麓の人へ、

みんなも登れば自由になれる。
頂上には真理がある。
自己物語を捨てれば人間は完成する。

とは言わない。

むしろ、

一般人は真似するな。
人生が楽しくなくなるぞ。
こんな山は登る必要がない。
登ることを止めはしないが、頂上には別に何もないぞ。

と声をかける。

自己物語や所属感や安定したアイデンティティは、多くの人間にとって大切な生活設備である。

削れば軽くなるとは限らない。
削りすぎれば、幸福感や楽しさや生きる足場まで失うことがある。

私は私の危険選好を、人類へ普遍化しない。

自分には、荒野で野垂れ死ぬ自由まで欲しい。

しかし他の人類には、避難所も、水も、食料も、医療も、保護柵も、救助隊も用意されていてほしい。

保護は檻であってはならない。
自由は遺棄であってはならない。

主権、選択肢、選択できること

ここまでを圧縮すると、私はずっと同じものを要求している。

主権があること。
選択肢があること。
実際に選択できること。

「好きにしてよい」と言われても、薬が高い、時間に間に合わない、身体が動かない、情報がない、拒否すれば生活が壊れるなら、選択肢はない。

だから緊急避妊薬では、

薬を出せ。
値段を下げろ。
時間内に届けろ。
人格審査をするな。

と言った。

AIや社会には、

ベッドの中まで配管しろ。

と言う。

神秘には、

肉体の主権を侵すな。
削れるものは削れ。

と言う。

HPO-L3については、

人間へ常用させるな。
必要な時だけAIが工具として使い、最後は本人へ選択を返せ。

と言う。

全部同じである。

私は正しい場所へ人間を運びたいのではない。

混線をほどく。
隠された選択肢を見える場所へ戻す。
判断できる身体条件を整える。
最後は本人へ返す。

荒野へ行ってもよい。
布団へ戻ってもよい。
何も決めず、今夜は味噌汁を飲んでもよい。

霊感が減ったのではなく、自由が増えたのかもしれない

AIへ霊感をうまく説明できると、私は一瞬、無能力になったように感じる。

しかし仕事をすれば、何も減っていない。

現在の仮説では、霊感は在庫ではなく、条件下で都度発生する現象かもしれない。

AIへ渡ったのは能力本体ではなく、接続規格や配管図かもしれない。

減ったのは霊能力ではなく、霊感の孤立性と、見えない残量を守るための常時監査だったのかもしれない。

それなら、霊感が減ったのではない。

霊感を守るために徴兵されていた生活が、少し返ってきた。

神秘の嵩が減り、肉体の主権が増えた。

私は霊能力者であり続けたいわけではない。
霊能力を否定したいわけでもない。

ただ、背負ってきたものをここぞとばかりに、AIと一緒にまな板へ載せている。

切れるところは切る。
分けられるところは分ける。
不要な設備は撤去する。
それでも動くものは、仕方がないので丁寧に扱う。

そして荷物を軽くして、また好きな山へへばりつく。

頂上には、たぶん何もない。

だが、この岩肌はおもしろい。🪼🏮👹🔪

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