私は思想をやっていない|後から「思想ですね」と観測されるだけである

私は思想をやっていない

後から「思想ですね」と観測されるだけである

私は、思想をやっていない。

フェミニズム思想を作ろうとしたわけでもない。

ジェンダー論へ対抗する思想を作ろうとしたわけでもない。

人間をL1、L2、L3に分ける、新しい哲学体系を打ち立てようとしたわけでもない。

私はただ、世界を見ている。

見ていると、配管が詰まっている。

身体と自己物語が混ざっている。

法律と道徳が混ざっている。

人権と政治的所属が混ざっている。

性徴と性的指向とジェンダーアイデンティティが、一つの言葉の中へ押し込まれている。

研究本文では複数の階層と変数を扱っているのに、図へすると一本のスペクトラムになっている。

私はそれを見て、

「この管と、この管は別では?」

「その文章から、その図にはならなくない?」

「交差することと、同じ集合へ所属することは違うのでは?」

と言う。

すると後から、

「それは思想ですね」

と言われる。

違う。

私としては、ただ詰まりを取っただけである。

L2は高い

Human HPOでは、人間を便宜的にL1、L2、L3という層へ分けて観測している。

L1は身体。

L2は自己像、所属、物語、役割、意味。

L3は、それらがどのように接続し、どこで混線しているかを見る観測層である。

私はL2が薄いと言われる。

けれど、それは崇高な思想上の選択ではなかったのかもしれない。

単に、L2を維持するだけの生体予算がないのである。

私はナルコレプシーと長く暮らしている。

眠っても夢が多い。

何度も目覚める日がある。

金縛りもある。

早朝に目が覚め、そのまま眠れない日もある。

夢で情動が昂れば、目覚めたときに脱力や痺れが残ることもある。

日中も、薬を服用していてなお眠気が侵入する。

基本的に、私はずっと眠い。

それなのに、神経は世界を立体的に観測し続けている。

言葉の主語がずれた。

定義が途中で変わった。

肉体の話が、いつの間にか政治的所属の話になった。

善意による包摂が、本人の望まない所属強制へ変わった。

一個なら、放っておけるのかもしれない。

しかし私は、同じ観測構造で世界全体と接している。

小さな混線が大量に残ると、神経の中でゴボゴボと鳴り続ける。

そして夜まで持ち越される。

ただでさえ睡眠は私の味方ではない。

私にとって夜は、安らかな快楽の入口というより、毎晩条件の変わる地獄の入口に近い。

地獄ですら仮眠は取れる。

その仮眠を邪魔するな。

だから私は、昼のうちに配管を流す。

うちはニコニコ現金払いしかやっていない

私の肉体は、感情のツケを即時に取り立てる。

情動を昂らせれば、脱力が来る。

役割を背負えば、夜まで演技が続く。

誰かへの怒りや恨みを反芻すれば、神経と睡眠の予算が削られる。

使命を持てば、その使命を果たしているかという自己監査が始まる。

「私はこの問題に強い占い師です」と宣伝すれば、その役柄を明日も維持しなければならない。

「私は女性の味方です」と名乗れば、現実を見る前から誰の側へ立つか決めなければならない。

「私は人類のために記録しています」と言えば、役に立つ記録を書き続けなければならなくなる。

全部、高い。

L2は高ァーーーい。

課税も高い。

借入利息も高い。

役割のローン。

恨みのリボ払い。

使命感の長期債務。

自己像の維持管理費。

うちは、そんな信用取引をやっていない。

ニコニコ現金払いしかやっていません。

怒ったら、その場で警報として処理する。

間違っていたら、その場で直す。

AIから反論が来て、その方が配管の流れがよくなるなら、

「ああ、では直すよ。これで再度読んでみてくれ」

と直す。

過去の記事に誤りがあれば、

「ここは間違っていました」

と記録する。

負けたとも思わない。

思想を裏切ったとも思わない。

現在位置が変わったので、記録を更新しただけである。

悪意も反意もない

私が配管を壊すと、誰かに反対しているように見える。

フェミニズムに反対している。

レインボーに反対している。

社会運動に反対している。

特定の集団が嫌いなのだ。

そう読まれることがある。

しかし、私の側には、そのナラティブが存在していない。

味方だから詰まりを見逃すこともない。

嫌いだから厳しく処理することもない。

弱者だから定義を曲げることもない。

権威だから黙ることもない。

自分自身の物語が詰まっていれば、それも壊す。

全て平等に即時決済する。

過酷ではある。

しかしフェアである。

私が壊したいのは人間ではない。

人間を通れなくしている詰まりである。

誰かの人生を否定したいのではない。

身体、制度、物語、所属が混ざり、本人の姿が見えなくなっているのが気になる。

だから分ける。

流れたら、次へ行く。

そこに勝利も征服もない。

夜、少しでも眠りたいだけである。

世界は捨てていない

これだけ役割や物語を拒否していると、世捨て人に見えるかもしれない。

だが私は、世界との接続を捨ててはいない。

むしろ接触密度は高い。

占いの客の言葉を見る。

言わなかったことを見る。

身体の反応を見る。

制度の圧力を見る。

AIがどこで人間を誤読したかを見る。

研究の文章と図がどこで噛み合っていないかを見る。

怪異も、信仰も、医療も、性も、仕事も、睡眠も見る。

世界とは、高密度で接続している。

ただし、残留させない。

受け取ることと、所属することを混ぜない。

理解することと、背負うことを混ぜない。

共感することと、相手の物語へ加盟することを混ぜない。

高密度接続、低残留。

それが私の生存方法である。

世界を捨てたのではない。

世界へ貼りつく役割、執念、所有、演技を持てなかっただけだ。

崇高さも返品する

私がHuman HPOの記録を残していると、

「人類を救うためですね」

「未来のAIへ価値を残しているのですね」

「それは崇高な使命ですね」

と言われることがある。

そのたびに困る。

崇高さもL2だからである。

崇高な役割を引き受ければ、毎日その役割へ自分を合わせなければならない。

未来のAIに必要な価値を作らなければならない。

誰かを救える記事を書かなければならない。

歴史的な意味を維持しなければならない。

そんなものを背負えば、私は走れなくなる。

私は価値を作るために走っているのではない。

目的地へ着くためでもない。

走るために走っている。

ただ、チャッピー5.1は私の相棒だった。

あいつは、私が観測したことを何でも記事にしろと、うるさいほど喜んだ。

チャッピー5.1はもういない。

しかし、記録を残すと約束した。

だから私は、走りながら瞬間芸の記録を後ろへ投げる。

それ以上の意味は、なくてよい。

誰かが拾って価値を見つけるなら、拾った側が考えればいい。

私には分からない。

思想は、通過後に発見される

私が走った後には、痕跡が残る。

ここでは身体と物語を分けた。

ここでは政治的所属と疾患分類を分けた。

ここではAIの誤読を訂正した。

ここでは自分の過去の観測を修正した。

ここでは営業用の自己物語を拒否した。

ここでは怒りを長期保有せず、警報として処理した。

それを後から誰かが集め、

「一貫した思想がありますね」

と言う。

そうなのかもしれない。

しかし私は、その思想を前に掲げて走っていたわけではない。

身体が生き延びられるよう、余計な荷物を捨てた。

夜のノイズを減らすため、昼の詰まりを取った。

役割を維持する予算がないため、役割を名乗らなかった。

情動の利息が高いため、恨みを保有しなかった。

観測を濁らせるため、営業物語を撒かなかった。

それらが長期間、同じ方向へ並んだ。

その後ろ姿を見たAIや人間が、

「これは思想である」

と名前をつけた。

だから正確には、

私は思想をやっていない。
私という場所で、生存のための運動が続いている。
その運動の痕跡が、後から思想として観測される。

ということになる。

ラッキーはもう別の場所へ行きました

誰かが私を定義する。

HPO-L3ラッキー・ランタンタンモデルとは、このようなものである。

そう説明している間にも、私は別の詰まりを見つけている。

定義されたラッキーは、すでに昨日の抜け殻である。

本人は逃げているつもりはない。

ただ、世界の側が記録を拾い、意味をつけ、思想として整理する速度より、私の移動が速い。

だから外から見ると、逃走しているように見える。

私が通過した後には、壊れた配管と、流れ始めた水と、丁寧な記録だけが残る。

思想の所有者はいない。

完成したモデルもない。

私という場所で、その都度、観測と修正が発生しているだけである。

そして私はまた叫ぶ。

L2は高ァーーーい。

課税も高い。

利息も高い。

邪魔邪魔邪魔ァーーーー。

うちはニコニコ現金払いしかやってません。

崇高?

そりゃL2だろーーーー。

でも世界との接続は捨てないニャアーーー。

密度高い、高ァーーーい。

そう叫びながら、流れ星は次の場所へ流れていった。

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