『部落フェミニズムに呼応する』に呼応する|なぜ部落女性は語られなかったのか

当事者カードを切らせないでほしい

なぜ日本のフェミニズム史は、部落女性を見えないままにしたのか

当事者カードを切らせないでほしい。

当事者は、好きで当事者カードを出しているわけではない。

名乗り出なければ、そこに人がいたことさえ認識されない。

名乗り出ざるを得ないから、名乗り出ているのだ。

私は、部落女性であることを、自分の主張を正しいものにする切り札として使いたいのではない。

私は当事者だから正しい。
あなたは非当事者だから黙れ。

と言いたいのではない。

これは、私の傷を認めてもらうための話ではない。

存在の見えなさの問題である。

日本の女性史、ウーマンリブ史、フェミニズム史のなかに、部落女性がほとんど現れない。

その歴史的欠落を検討してもらうために、私は自分の出自を明かしている。

私が部落女性であると名乗らなければ、この問いは存在しないことになるのだろうか。

私の家族史や共同体の痛みまで差し出さなければ、研究を始めてもらえないのだろうか。

1.ザルの中へ金を入れさせられた先祖

私の母方の先祖は、人に金を受け取ってもらう時、相手からザルを渡されたことがある。

ひいじいちゃん、ひいばあちゃんの世代である。

金を直接手渡すことを嫌がられた。

ザルの中へ入れさせられた金は、受け取った相手によって、わざとらしく洗われた。

部落の人間が触った金は穢れている。

触れれば穢れが移る。

そんな迷信によるものだった。

私はこの話を、母からちらり、ちらりと聞いて育った。

部落で育った人間にとっては、ある意味では「部落あるある」に近い話でもある。

もちろん、軽い話ではない。

人間が触っただけで、金が穢れる。

その人間が触れたものを、目の前で洗う。

それは、

お前は、私たちと同じ人間ではない。

という侮蔑を、日常の身振りで見せつける行為である。

部落差別の歴史では、社会の営みに必要でありながら、人々が恐れ、避け、穢れていると考えた仕事を、特定の人々へ負わせてきた。

死、皮革、処刑、清掃、衛生、町の維持。

社会はその処理を必要とした。

必要な仕事を押しつけた側が、その仕事を担った人々を、

  • 穢れている
  • 血が汚れている
  • 触ると穢れが移る
  • 結婚すれば家の血が汚れる
  • 先祖や親族に申し訳が立たない

と侮蔑した。

自分たちの恐怖、迷信、忌避、処理不能を、特定の共同体へ集めた。

さらに、その迷信の後始末まで、差別された側へ押しつけた。

そんなカスみたいな侮蔑を、何世代にもわたって浴びせてきた歴史である。

2.部落史を読むと、精神の根性焼きが真皮へ入ってくる

部落外の研究者にとって、部落史は歴史資料かもしれない。

過去に起きた差別を、文献や証言によって検証する対象である。

しかし、部落で育った私には、安全な距離のある過去にならない。

資料に出てくる人々が、抽象的な「被差別部落民」のままでいてくれない。

母方の先祖へつながる。

ムラで声をかけてくれた、おばちゃん、おっちゃん、おばあちゃん、おじいちゃんへつながる。

いつもの道、家、学校、保育所、風呂、隣保館、生活へつながる。

私は、部落差別による明確な就職差別や結婚差別を、自分の人生で繰り返し受けてきたわけではない。

父方から差別的な言葉を向けられたことはある。

しかし、私個人の人生を、部落差別による直接的な不利益だけで説明することはできない。

それでも資料を読むと、痛みが立ち上がる。

私自身が受けた傷ではない。

けれど、私に連なる全ての人の背景に、共通して存在してきた痛みである。

学校へ行けなかった。

字を読めなかった。

安い賃金で使われた。

劣悪な住環境へ置かれた。

結婚を拒まれた。

触れれば穢れると言われた。

触った金を洗われた。

部落の本を読むたびに、こうした侮蔑が、精神の根性焼きのようにジュワジュワと真皮へ侵入してくる。

ヒリヒリする。

もう嫌だ、と思う。

部落史を読むことは、私にとって知識を増やす作業だけではない。

共同体へ向けられてきた侮蔑を、身体へ再通電させる作業でもある。

3.『部落フェミニズム』を買っても、読めなかった

私は『部落フェミニズム』を、発売されてすぐに買った。

必要な本だと思った。

読みたいとも思った。

それでも、読むという一歩を踏み出せなかった。

今日まで寝かせてきた。

関心がなかったからではない。

部落女性の歴史に価値を感じなかったからでもない。

読めば、何が立ち上がるか知っていたからだと思う。

部落女性の貧困。

労働。

家族。

性。

生殖。

結婚差別。

子どもを産むことへの恐れ。

それは、遠い誰かの証言ではない。

母方の女たちへつながる。

ムラで働き、子どもを育て、家業、農業、内職を担い、生活を回してきた女たちへつながる。

私の知らない先祖の人生へつながる。

読むことは、資料を理解する作業だけではない。

まだ生乾きの傷のなかへ、手を入れるような行為になる。

だから長く、本を棚へ置いていた。

4.当事者だから研究できる、とは限らない

研究や社会運動の場では、

当事者だからこそ見えるものがある。
当事者自身が語ることに意味がある。

と言われる。

それは一面では正しい。

しかし、その言葉は時に、研究されなかった歴史を掘る仕事まで、研究されなかった側へ返してしまう。

部落女性の歴史が研究されてこなかった。

ならば部落女性自身が語ればよい。

部落女性自身が資料を集めればよい。

部落女性自身が、自分たちの歴史を書けばよい。

聞こえはよい。

だが、その研究は、誰にとっても同じ負荷ではない。

部落外の研究者にとっては、一冊の資料である。

部落で育った人間にとっては、資料を読むたびに、共同体の顔と記憶と生活が立ち上がる。

資料を一枚めくるたびに、痛みを身体へ通す。

その差を無視して、

当事者の視点から研究してください。

と言うことは、研究機会の提供ではない。

傷の発掘労働を、再び当事者へ委託することになりうる。

私は、部落女性史を研究する義務を負っていない。

部落女性の代表者でもない。

部落を背負って何かを主張したいわけでもない。

私はただ、私の位置から、明らかな欠落が見えていると言っている。

5.言及は、本当に何もなかったのか

ここで、調べた結果を正確に書いておきたい。

部落女性、買売春、公娼制、「慰安婦」、RAA、労働、健康、暴力、生殖について、研究がまったく存在しなかったわけではない。

新吉原に隣接して非人小屋があり、吉原内部のごみや屎尿処理などを担った人々がいたことを示す研究がある。[1]

被差別部落と買売春を正面から扱った女性史研究もある。[2]

開港地の遊廓、占領軍向け慰安施設であるRAA、被差別部落女性の関係を扱った著作もある。[3]

日本人「慰安婦」についても、被差別部落から連れていかれた女性の存在を伝える証言に触れた研究がある。また、被害を訴えた日本人女性の言葉が存在したにもかかわらず、社会的な訴えとして十分に聴き取られなかった過程を検討する研究も出ている。[4]

大阪では部落女性を対象に、教育、識字、健康、就労、結婚差別、家族計画、家事労働、パートナーからの暴力まで含む実態調査も行われている。[5]

つまり、完全な無言ではない。

完全な無研究でもない。

だから、問いはさらに深くなる。

なぜ、これらの研究は、日本女性史やフェミニズム史の骨組みを組み替えるほど参照されなかったのか。

研究が一件もないことだけが不可視化ではない。

研究が周縁に散在し、主流の歴史叙述へ統合されないことも、不可視化である。

6.吉原のすぐ外側にいた女性は、なぜ語られないのか

江戸時代の遊郭、とくに吉原が、江戸文化として語られることがある。

花魁。

着物。

髪形。

浮世絵。

文学。

芸能。

出版。

吉原文化の華やかさを語る時、そこにいた女性の搾取や人身拘束を美化するな、という批判も起きる。

その批判は必要である。

だが私は、さらにその外側を問いたい。

新吉原に隣接して、非人小屋があった。

遊郭のごみや屎尿を処理し、その都市機能を下から支えた人々がいた。[1]

その共同体には、当然、女性も生活していた。

吉原の女性が売られ、囲われ、働かされた歴史を語る時、そのすぐ外側で、平民身分の外へ置かれた女性たちは、どこへ消えるのか。

私は時々、あまりに言及がないので、

穢多村、非人小屋という漢字が難しくて、読めなかったのだろうか。

と、大真面目に考えてきた。

たぶん私は善意すぎる。

「売られた女」の歴史は語られる。

では、商品として数えられる制度の外側に置かれた女は、女性史の主語にすらならないのか。

吉原の女性たちの暮らしを下から支えながら、吉原の側からも侮蔑された女性たちは、どの歴史に属するのか。

遊郭史なのか。

都市史なのか。

部落史なのか。

女性史なのか。

どの分野も、

自分たちの中心的対象ではない。

と判断した結果、誰の歴史にもならなかったのではないか。

これは、調べるに値する問いだと思う。

7.「語らなかった」のではなく、「語れなかった」のではないか

公娼制。

からゆきさん。

日本軍「慰安婦」。

占領軍向け慰安施設。

赤線。

これらは、女性の性、貧困、移動、国家、軍事をめぐる歴史として研究されてきた。

そのなかに、部落女性はいたはずだ。

ただし、私は、

日本人「慰安婦」の多くは部落女性だった。

と根拠なく断定したいのではない。

全ての沈黙を、部落出身によって説明したいのでもない。

問いたいのは、研究上の仮説から、この可能性がどれほど真剣に検討されたのか、ということである。

「慰安婦」であったと名乗る。

それだけでも、性の烙印、売春への侮蔑、家族や地域からの排除を引き受ける可能性がある。

そこへさらに、部落出身であることまで知られる恐れが加わったなら、どうなるのか。

結婚差別が長く続き、「血筋」「家柄」「親族」への忌避によって、本人だけでなく家族まで排除されうる社会である。[6]

自分が名乗ることで、子ども、きょうだい、親族の結婚や生活まで壊れるかもしれない。

その恐れがあった女性に、

なぜ名乗り出なかったのか。

と問うだけでよいのだろうか。

問いはむしろ、

名乗れば二重、三重に身を滅ぼしかねない社会で、どうすれば証言できたというのか。

ではないか。

近年の研究は、日本人「慰安婦」について、完全に沈黙していたのではなく、訴えや言葉が存在したにもかかわらず、社会問題を構成する証言として十分に聴き取られなかった可能性を示している。[4]

ならば研究すべきなのは、

  • 誰が話したか
  • 誰が話さなかったか

だけではない。

  • 誰の言葉が証言として認定されたか
  • 誰の言葉が記録から落ちたか
  • どの属性を名乗れば、証言者としての生活が破壊されたか
  • 匿名性が高いほど、歴史資料から消えてしまったのではないか

という、聴き取りと記録の制度である。

8.名乗らないことは、存在しないことではない

部落女性が、部落女性と名乗って資料へ登場しない。

それは、部落女性がそこにいなかった証拠にはならない。

名乗ることが危険だった可能性がある。

家族に隠していた可能性がある。

結婚後、出身地を伏せて暮らしていた可能性がある。

語り手本人は、自分を「部落女性」という政治的カテゴリーで理解していなかった可能性もある。

記録する側が、出身を聞かなかった可能性もある。

聞いても記録しなかった可能性もある。

別の研究領域へ振り分けた可能性もある。

当事者が明確に、

私は部落女性です。

と当事者カードを差し出していないから、研究対象として数えられない。

そう考えるなら、歴史研究は、最も名乗りにくかった人々を永久に見失う。

当事者カードを切れない人は、当事者ではないのか。

名乗れば生活が破壊される人に、名乗ることを史料の条件として要求するのか。

当事者カードを切らせないでほしい。

当事者は、好きでカードを出しているのではない。

存在しないことにされるから、危険を引き受けて名乗っている。

9.私が研究してほしいのは、部落女性の内面だけではない

私が研究してほしいのは、

部落女性とは何者か。

だけではない。

部落女性の傷、アイデンティティ、主体性を、新しい研究対象として採取してほしいのでもない。

私が問うているのは、

なぜ、日本のフェミニズム史は、部落女性を継続的な政治的主語として扱わなかったのか。

である。

研究対象は、部落女性の内面より先に、

  • 研究テーマを選んだ側
  • 女性問題の範囲を決めた側
  • 文献を引用した側
  • 出版を決めた側
  • 運動の記録を保存した側
  • 部落問題を別の管轄へ送った側

の視野、分類、ネットワーク、沈黙であるべきだと思う。

すでに研究があったのなら、

なぜ読まれなかったのか。

を研究してほしい。

すでに証言があったのなら、

なぜ聴き取られなかったのか。

を研究してほしい。

すでに統計があったのなら、

なぜ政策と女性史へ組み込まれなかったのか。

を研究してほしい。

10.アカデミアと私のあいだには、権力勾配がある

私は、緊急避妊薬の市販薬化を求める運動をしていた時、

権力勾配を考えろ。

と、大学の先生たちから言われた。

当事者と非当事者。

マイノリティとマジョリティ。

語る者と語られる者。

研究する者と研究される者。

そのあいだにある力の差を考えろ、と言われた。

ならば、私とアカデミアのあいだにも、明確な権力勾配があるはずである。

ここでいうアカデミアとは、大学教員だけを指さない。

  • 大学や研究機関
  • 研究者
  • 学会、研究会
  • ライター、記者
  • 編集者、出版社
  • 新聞、テレビ、ウェブメディア
  • フェミニズム運動
  • フェミニズム言論を流通させる場

を含む、知識を選び、編集し、出版し、記録し、社会へ届ける複数の装置を指す。

彼らは、何を研究テーマとして選ぶかを決める。

何を引用するかを決める。

何を女性問題として数えるかを決める。

どの証言を出版するかを決める。

何を歴史として保存するかを決める。

その力は、私にはない。

私が一人で、どれほど部落女性が見落とされてきたと訴えても、大学、出版、研究会、メディアが研究課題として引き受けなければ、歴史には残りにくい。

これを権力勾配と呼ばず、何と呼ぶのだろう。

11.私は、権力勾配論を振りかざしたいのではない

私は基本的に、権利論の人間である。

権力勾配。

マイノリティとマジョリティ。

当事者性。

位置性。

エスニシティ。

インターセクショナリティ。

そうした言葉を、他人へ振りかざしたいわけではない。

私は、

私はマイノリティだから、あなたは黙れ。

と言いたいのではない。

私は当事者だから、私の主張は正しい。

と言いたいのでもない。

だが、あなたたちは、長くこれらの理論を語ってきた。

力を持つ側は、自分の位置を自覚しなければならない。

相対的マジョリティは、傍観者であってはならない。

当事者の声を聞き、沈黙を作ってきた構造へ責任を負わなければならない。

そう繰り返してきた。

ならば私は、その言葉を、自分たちの歴史についても飲んでほしいと言っている。

私が新しい理論を振りかざしているのではない。

あなたたちが世に出してきた理論を、あなたたち自身へ適用してほしい。

と言っている。

12.あなたたちの権力勾配論において、あなたたちは傍観者ではない

フェミニズム言論を作り、出版し、研究し、教え、記録してきた側が、

部落女性が研究されてこなかったことは残念だ。
今後、当事者が研究してくれるとよい。

と言って終わることはできるだろうか。

あなたたちが権力勾配を語ってきたのなら、できないはずである。

研究されなかった側に、研究の欠落を埋める仕事まで返す。

見落とされた側に、なぜ見落とされたかを説明させる。

語られなかった側に、もう一度傷を開かせる。

それは、力の弱い側へ負担を戻すことではないのか。

あなたたちは、相対的マジョリティは傍観者であってはならないと繰り返してきた。

ならば、

私たちは意図的に排除したわけではない。

だけでは足りない。

意図がなくても、結果として長く取りこぼされた。

その結果を生んだ研究史、運動史、分類、出版構造を、相対的に力を持つ側が検証する。

それが、あなたたち自身の理論における責任ではないか。

13.調べてほしいことは、具体的にある

この問いは、抽象的な道徳要求ではない。

調査可能な研究課題である。

たとえば、

  • 主要な女性史、リブ史、フェミニズム誌で、部落女性はいつ、何回、どの文脈で扱われたか
  • 「部落」「同和」「穢多」「非人」などの語が、女性史の索引やデータベースでどのように分類されたか
  • 部落解放運動とウーマンリブ、女性運動の人的交流は、どこに記録されているか
  • 既存の「被差別部落と買売春」研究が、後続の公娼制研究や「慰安婦」研究でどれだけ引用されたか
  • 吉原研究において、遊郭を支えた非人小屋の労働と女性はどのように位置づけられたか
  • 日本人「慰安婦」の証言収集で、階級、出身地域、部落出身を名乗る危険性は研究設計へ入っていたか
  • 公娼、からゆきさん、「慰安婦」、RAA、赤線をつなぐ研究で、部落女性は一時的な補足ではなく、構造の一部として扱われたか
  • 部落女性の労働、健康、家族計画、暴力について得られたデータが、男女共同参画政策や女性史研究へどのように反映されたか
  • 研究が存在したにもかかわらず、なぜ主流のフェミニズム史を改稿させなかったのか

を調べることができる。

分からなかったなら、

分からなかった。
史料がない。
接点を確認できなかった。
匿名化によって出身を追跡できなかった。

と記録すればよい。

その分からなさ自体が、欠落の歴史資料になる。

14.私たちの証言を、正しさの更新素材にしないでほしい

部落女性の証言を読んで、

私たちは知らなかった。
私たちは考え直した。
私たちはより交差的になった。

と語ることはできる。

しかし、それだけでは私の問いに答えていない。

私たちの証言が、部落外のフェミニストや研究者を、より正しい人間へ更新する教材になる。

それで終わるなら、証言はまた聞き手の自己形成へ回収される。

私たちの訴えは、あなたたちが正しくなるための素材ではない。

真摯な学術的応答は、

学びました。

だけではないはずだ。

なぜ見えなかったのか。
なぜ数えなかったのか。
なぜ引用しなかったのか。
なぜ接続しなかったのか。
なぜ既存研究を主流の歴史へ組み込まなかったのか。

を検証することである。

15.私は、あなたたちを断罪していない

私は、フェミニズム界隈に中心的なリーダーがいて、

部落女性を無視しよう。

と命令したと思っているわけではない。

フェミニズムが、その時々の時事問題、運動ネットワーク、出版、人間関係、可視化された事件によって形作られてきたことも分かっている。

誰か一人の悪意によって、部落女性が排除されたとは思っていない。

だからこそ問いたい。

誰も排除を命じなかったのに、なぜ結果として長く取りこぼされたのか。

悪人を一人見つければ終わる話ではない。

誰も研究課題として引き受けなかった。

誰も、自分たちの運動史の空白として扱わなかった。

別の運動の管轄だと思った。

断片的な研究を、中心的な研究へ接続しなかった。

その無主語の反復を、研究してほしい。

私は、あなたたちを断罪していない。

謝罪を強要したいわけでもない。

私はただ、責任のある主体として検証してほしいと言っている。

結び

当事者カードを切らせないでほしい。

当事者は、好きでカードを出しているわけではない。

名乗り出なければ、そこにいたことさえ数えられないから、名乗り出ている。

私が部落女性であることを表明したのは、自分の正しさを保証するためではない。

ここに、見落とされてきた人々が実際にいた。

と、観測位置を示すためである。

私の先祖が、ザルへ金を入れさせられ、その金を洗われた話を、研究を始めさせるための入場券にしないでほしい。

私の共同体の痛みを、当事者性を証明するためのカードにしないでほしい。

日本のフェミニズム史には、すでに部落女性へ触れた断片的な研究がある。

だからこそ、なぜそれが歴史の骨組みを変えなかったのかを調べてほしい。

吉原のすぐ外側にいた女たちは、どこへ消えたのか。

公娼、からゆきさん、「慰安婦」、RAA、赤線の歴史に、部落女性はどう存在し、なぜ名を残せなかったのか。

労働、出産、家族、暴力を生きた部落女性は、なぜ女性史の主語にならなかったのか。

これは傷の承認問題ではない。

存在の見えなさの問題である。

あなたたちは、権力勾配を語ってきた。

相対的マジョリティは傍観者であってはならないと語ってきた。

責任のある主体であるならば、その言葉を飲んでほしい。

私が求めているのは断罪ではない。

検証である。

ここに人がいた。
なぜ、あなたたちの歴史には、いなかったことになっているのか。

その問いを、部落女性の宿題として返さず、部落外の研究者とフェミニスト自身の研究課題として引き受けてほしい。

それくらいの問いは、許されてもよいのではないだろうか。

私たちは、あなたたちを断罪していないのだから。

部落女性の語られなさにこそ、リプロダクティブ・ジャスティスが存在することを、どうか忘れないでほしい。

産むこと。

産まないこと。

子どもを育てること。

働くこと。

暴力から逃れること。

家族を作ること。

自分の身体について語ること。

それらを選ぶ条件を奪われながら、部落女性であることも、貧困も、性被害も、労働も、出産も語ることができなかった女性たちがいた。

名も残らなかった。

名乗ることができなかった。

何も語らなかったのではない。

語れば、自分だけでなく、子どもやきょうだい、親族の生活まで壊れかねない社会のなかで、語ることを許されなかった。

その沈黙を、存在しなかったことにしないでほしい。

その不在を、当事者が名乗らなかったから分からなかった、と終わらせないでほしい。

名もなき、名乗れず、何も語ることができなかった部落女性たちのために。

部落女性を、特殊な誰かとしてではなく、あなたと同じ、女性として生きた人間として見てほしい。

そして、なぜ彼女たちがあなたたちの女性史に現れなかったのかを、あなたと同じ女性として、どうか考えてほしい。

資料注

[1] 新吉原に隣接して非人小屋が置かれ、吉原内部のごみ・屎尿処理などを担ったことは、吉原の造成・土地利用を扱う研究で確認されている。別の部落史年表にも、非人頭車善七と配下が新吉原近郊へ移住した記録が整理されている。

[2] 藤目ゆき『「慰安婦」問題の本質』には、「日本人『慰安婦』を不可視にするもの」と「被差別部落と買売春」が収録されている。つまり両者の接続を正面から扱う女性史研究は、すでに存在する。

[3] 川元祥一『開港慰安婦と被差別部落』は、開港地の遊廓、RAA、被差別部落女性を一つの歴史的射程で扱っている。

[4] 日本人「慰安婦」の言葉を検討した近年の論文は、被差別部落から連れていかれた女性についての元兵士の証言に触れ、日本人被害者の訴えが存在した一方、それを支える社会的なクレイム申し立て活動が広がらなかったことへ注意を向けている。

聴きとられなかった言葉をめぐって

──日本人「慰安婦」に関するフェミニズムの議論の批判的検討──

木下 直子

https://www.jstage.jst.go.jp/article/istd/7/0/7_03/_pdf/-char/en

[5] 2008年の大阪府内の部落女性実態調査は、教育・識字、健康、就労、結婚差別、家族計画、家事労働、パートナーによる暴力を調べた。調査側は、日本政府が国連からマイノリティ女性の労働・健康・福祉・教育・暴力等を報告するよう求められながら、実態調査を行ってこなかったと指摘している。

[6] 部落出身者への結婚忌避については、血筋、家柄、親族への影響、本人と家族が差別を受けるリスクが排除を支える構造として分析されている。

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