辺野古沖の転覆事故に見る、「正しい目的」が方法の監査を止めるとき

平和教育なら、まず子どもの安全を守れ

辺野古沖の転覆事故に見る、「正しい目的」が方法の監査を止めるとき

辺野古沖で起きた船の転覆事故を見て、元教員である私の母が言った。

「私らのやってきた教育は、間違ってきたと思うわ」

それが、ずっと心に残っている。

母は、反戦や平和を教えたこと自体が間違いだったと言ったのではないと思う。

戦争の悲惨さを伝え、基地の集中する沖縄について学び、平和を願う子どもを育てようとしてきた。その教育が長い年月の中で、平和という目的の正しさを信じるあまり、自分たちの方法を点検できなくなっていたのではないか

母は事故を見て、その長い影に気づいたのではないかと思う。

17歳の生徒と船長が亡くなった

2026年3月16日、同志社国際高校の沖縄研修旅行で、「辺野古をボートに乗り海から見るコース」に参加した生徒18人を乗せた二隻の小型船「不屈」と「平和丸」が相次いで転覆した。

平和丸に乗っていた17歳の女子生徒と、不屈の船長が亡くなった。残る生徒17人のうち16人も負傷した。

7月31日に学校法人同志社の特別調査委員会が公表した218ページの報告書は、学校側が安全配慮義務と説明義務を果たしていなかったと認定し、事故原因として、安全管理体制の不備、リスク管理体制の機能不全、安全管理の検証を妨げた組織風土、安全意識の欠如を挙げている。

なお、遺族は学校関係者や運航団体関係者を刑事告訴し、海上保安庁は7月25日に学校を家宅捜索している。刑事責任については現在も捜査中であり、まだ司法上の結論は出ていない。本稿では、第三者委員会が認定した事実をもとに、学校教育と安全管理の問題を考えたい。

辺野古を学ぶこと自体は必要である

最初に、明確にしておきたい。

私は、辺野古について学校で学ぶことに反対しているのではない。

沖縄県には、全国の米軍専用施設面積の70.3%が集中している。辺野古新基地建設をめぐっては、基地負担、普天間飛行場の危険性、軟弱地盤、希少な生物が暮らす大浦湾の自然環境、国防と地元自治など、考えるべき問題がいくつもある。2019年の県民投票では、投票総数の約72%が辺野古埋め立てに反対した。

政府の説明だけでなく、沖縄県、地元住民、基地建設へ反対する人、建設を支持する人、環境研究者、米軍基地で働く人など、さまざまな立場の話を聞く価値がある。

抗議活動の現場を見ることにも、教育的な意味はあり得る。

しかし、社会問題を学ぶことと、進行中の政治運動へ子どもの身体を入れることは別である。

ここを混同してはならない。

生徒と保護者には「抗議船」であることが伝えられていなかった

第三者委員会の報告書によると、生徒や保護者への事前説明では、乗る船が基地建設への抗議活動に使われている船であること、船の大きさや形状、航路、安全性、乗船時の注意事項などが説明されていなかった。

乗船場所で初めて船を見て、遊覧船やクルーザーのようなものを想像していた生徒が、予想より小さな船に不安を覚えた例もあったという。委員会は、正しい説明があれば、別のコースを選んだ生徒も相応にいた可能性があると指摘している。

コースの説明を受けた生徒の中には、単に「きれいな海を見られるコース」だと理解していた生徒もいた。

そのため教員は後日、

主たる目的は「きれいな海を見る」ことではなく、基地建設と、それに反対する人が対峙する「現場」を見ること

だと改めて説明し、想像していた内容と違う生徒にはコース変更を認めていた。

しかし、「対峙する現場を見る」と説明することと、その現場で使用される小型の抗議船に乗ること、その船を誰が運航し、どんな海域をどう走るのかを説明することは別である。

子どもが選択したのだから問題ない、とは言えない。

選択に必要な情報が渡されていなければ、それは十分な自己決定ではない。

第三者委員会も、修学旅行には日常の学校生活より一般的に高い危険が伴うため、学校には、生徒と保護者が適切に自己決定できるよう、乗り物や安全性、事前調査の内容を説明する義務があるとしている。

学校は実際の船にも、乗船場所にも、航路にも触れていなかった

学校側は、このボートコースを旅行会社を介さず、独自のプログラムとして組んでいた。

それにもかかわらず、事前の「下見」で実際の乗船場所である辺野古漁港を訪れず、船の大きさ、形状、性能、救命胴衣、航路、周辺海域の安全性、運航に必要な法的手続などを確認していなかった。

教職員会議や研修旅行委員会でも、安全性に関する質問や問題提起は出なかった。

知床沖で遊覧船が沈没し、多数の死者・行方不明者を出した事故が社会的に大きく報じられた2022年にも、このボートコースの安全性を点検する議論は行われなかった。

さらに学校には、

  • 教員が必ず船へ同乗するのか
  • 誰が天候や気象情報を確認するのか
  • 誰が最終的な出航判断をするのか
  • 波や風がどの程度なら中止するのか
  • 救命胴衣の着方を誰が説明し、確認するのか
  • 中止した場合、代替プログラムをどうするのか

という基本的なルールさえなかった。

平和学習以前の話である。

海へ子どもを出す学校として、入口にあるべき安全管理が丸ごと抜け落ちていた。

波浪注意報を確認せず、教員は一人も乗らなかった

事故当日、名護市には波浪注意報が出ていた。

しかし担当教員は「警報」が出ているかだけを確認し、「注意報」を判断材料として想定していなかったため、波浪注意報の存在を認識しないまま実施を決めた。他の引率教員は何らかの注意報が出ていることには気づいていたが、内容を確認せず、担当者にも伝えなかった。船長らの間でも、天候や出航判断について事前の打ち合わせはなかった。

しかも、前半の生徒18人が二隻へ分かれて乗った際、担当教員は一人も同乗しなかった。

二人の教員は、防波堤から生徒たちの出航を見送った。航行中の安全管理は、すべて船長と乗組員へ委ねられた。

救命胴衣は配られたが、後から乗船したため説明を聞けなかった生徒がいた。別の船では具体的な着用説明自体がなく、生徒同士で注意しながら着たという証言もある。全員が正しく着用できていたかは確認できないと報告書は記している。

これは「不幸な突発事故」の一言では済まない。

止める機会が、出航前までに何度もあった。

海上保安庁が並走し、船は臨時制限区域へ進入した

航行中、海上保安官は当日の波の高さを見て、拡声器で何度も、

「本日は波が高いので十分気を付けてください」

と安全指導をした。

その後、海保のゴムボートは、安全を監視するとともに、船が防衛省の設定した臨時制限区域へ入らないよう確認するため、約200メートルにわたって二隻へ並走した。

報告書は、事故当日、二隻が実際に臨時制限区域へ進入したことを確認している。ただし、どの時点で進入したかは分からず、学校が制限区域への進入そのものを教育内容として計画していたとまでは認定されていない。この点は分けておく必要がある。

それでも、海保が警告と監視のために並走し、実際に制限区域への進入も起きるような海上活動を、普通の社会見学と同じものとして扱えるだろうか。

活動家である大人が、自分の判断と責任でそこへ行くことと、学校が未成年者を乗せることは違う。

市民的不服従を選ぶ大人は、排除、衝突、負傷、法的責任などを理解したうえで、自分の身体を差し出すことができる。

しかし学校は、大人の政治的決断を、生徒へ代理させる場所ではない。

生徒は船の操縦まで体験していた

海上では、希望した複数の生徒が約10分間、船の操縦を体験していた。

不屈では生徒がハンドルと速度を調整するスロットルを操作し、平和丸でも生徒がスロットルやハンドルに触れていた。報告書は、この操縦体験自体について、直ちに具体的な法令違反になるとはしていない。

しかし問題は、法令違反かどうかだけではない。

波浪注意報が出ている。

教員は乗っていない。

航路も出航中止基準も定まっていない。

海保から高波への注意を受け、制限区域への進入を監視されている。

その状況で、学校の研修として生徒に船の操縦を経験させる必要が、どこにあったのだろう。

その後、船長は「帰りは外洋を回って帰ろう」と提案し、不屈は速度を上げた。

生徒たちは、

「これやばいんちゃうん」
「これ落ちちゃわない」
「怖い」
「沈没するかも」

と声を上げ、手すりを強くつかんだ。

船長はその不安の声に反応せず、白波へ向かって進み、間もなく二隻は相次いで転覆した。

この事実を読むと、胸が詰まる。

子どもたちは、危険を感じていた。

大人より先に、身体で危険を察知していた。

しかし、子どもには船を止める権限がなかった。

平和について学ぶために乗った船の中で、生徒の「怖い」という声が安全判断へ接続されなかった。

「平和活動をする牧師だから」という信頼

なぜ、これほど基本的な安全確認が抜け落ちたのか。

第三者委員会の報告書には、非常に重い記述がある。

学校側は船長に対して「根拠のない盲目的な信頼」を持っていた。その信頼は、船長が牧師であり、平和活動へ従事する人であるという印象を基礎とする、漠然としたものだったという。

牧師であることは、船の運航安全を保証しない。

平和を願うことは、波高の計測にならない。

基地建設へ反対していることは、救命胴衣の着用確認にも、航路計画にも、出航中止基準にもならない。

人格への信頼と、業務の安全確認は別である。

しかし、「平和活動をしている、信頼できる人」という道徳的評価が、専門性や安全性の監査を代行してしまった。

この人は平和を願っている。
だから子どもを危険へさらすはずがない。
だから詳しく確認しなくてもよい。

そうした回路が、学校の中にできていたのではないか。

これは、人の善意を疑えという話ではない。

善意を持つ人にも、能力の限界と判断ミスはある。だからこそ制度で確認する。

それが組織であり、大人の仕事である。

「今まで大丈夫だった」が、止める力を奪った

報告書は、学校の組織風土にも踏み込んでいる。

教員からは、

「新しいことを追加するのは簡単だが、止めるには物理的に無理になるか、理屈で戦うしかない」
「今まで何年かやってきたコースに、よほどのことがないとノーを出すことは難しい」

という証言が出ている。

教員の異動が少なく、長く続いてきた行事へ若い教員や外部の視点から異論を挟みにくい雰囲気があり、それが安全性の検証を妨げたと委員会は分析している。

過去の参加生徒は、小型船の揺れや、警備船から離れるよう警告されて恐怖を感じたことを感想文へ書いていた。海保が船へ並走したことも教員間で共有され、船長自身も抗議船を使った活動には大きな危険が伴うと礼拝で話していた。

それでも、コースの見直しを提案した教員はいなかった。

事故が起きなかったことが、安全だった証拠へ変換された。

しかし、事故が起きなかった過去は、安全確認の代わりにはならない。

それは単に、これまで重大事故に至らなかったというだけだ。

普通の大人の良識で止められたはずである

私はこの事故について、特別に高度な教育論が必要だとは思わない。

良識のある大人なら、

  • 学校が実物を確認していない小型船
  • 抗議活動に使われる船
  • 海保が警告や監視のために並走する海域
  • 制限区域への進入が起こり得る活動
  • 教員が同乗しない運航
  • 波浪注意報が出ている海

へ、生徒を乗せない。

辺野古への移設に賛成でも反対でも、ここは変わらない。

左翼だから止める。右翼だから止める。政府を支持するから止める。活動家が嫌いだから止める。

そういう話ではない。

子どもを預かる大人だから止める。

それだけのことである。

「本人が行きたがった」は、大人の責任を消さない

高校生には、自分の政治的関心も意思もある。

辺野古へ行きたい。

抗議活動をしている人の話を聞きたい。

海から基地建設現場を見たい。

そう希望する生徒もいるだろう。

その希望は尊重すればよい。

しかし、子どもが「乗りたい」と言ったから、大人の安全配慮義務が消えるわけではない。

未成年者がスリルのある活動を希望しても、その危険を調査し、許可するか止めるかを判断するのが大人だ。

まして今回、生徒と保護者には、船が抗議船であることも、実際の大きさも、航路も安全上の条件も十分に伝えられていなかった。

知らされていない危険を、本人が同意したことにはできない。

子どもの主体性を尊重することと、大人が保護責任を放棄することは違う。

子どもが運動の正しさを示す象徴になっていなかったか

子どもを政治運動の現場へ参加させると、子どもは単なる学習者ではなくなる。

「若い世代も基地へ反対している」

「未来を生きる子どもたちも平和を願っている」

「学校教育として扱われるほど、この運動は正当である」

という象徴的な力を帯びる。

大人が意識していたかどうかとは別に、子どもの存在が、運動の正当性を可視化する材料になる。

これは慎重に考えなければならない。

子どもには、一人の学習者として情報を得て、迷い、判断を変え、参加しない自由がある。

大人の政治的結論を、身体で演じる役割を負わせてはならない。

基地から子どもを守ると言いながら、子どもの身体を基地反対運動の象徴へ使えば、目的と方法がねじれる。

子どもを守るための運動が、子どもを運動の資源にしてはならない。

原爆教育と辺野古事故をつなぐ、同じ文法

私は以前の記事で、子どもをトラウマにしてでも原爆の悲惨な写真を見せるべきだ、という意見について書いた。

そこにも、今回の事故とよく似た文法があった。

原爆は悲惨である。
反戦は正しい。
だから子どもを怖がらせてもよい。

辺野古の平和学習では、

基地問題は重要である。
抗議は平和のためである。
だから子どもを政治的対立の海上現場へ連れていってよい。

となる。

どちらも、目的の正しさが方法の適切さを保証してしまう。

子どもが怖いと言っているか。

拒否できたか。

危険を理解できているか。

大人が事前に点検したか。

事故が起きた場合、誰が責任を負うのか。

そうした問いが、

平和のためだから

という一言で後ろへ押し流される。

一方では、子どもの神経を大義へ供出させる。

もう一方では、子どもの身体を大義へ供出させる。

どちらも、子どものための教育ではなく、「平和をきちんと伝えた」という大人の情緒的満足が中心になってはいないだろうか。

平和教育という澱み

戦後の平和教育は、多くの大切なものを伝えてきた。

沖縄戦の犠牲。

広島と長崎の原爆被害。

日本の侵略。

軍隊が住民を守らなかった歴史。

基地が沖縄へ集中している現実。

それを教育してきた人々の切実さを、私は否定しない。

しかし長く続いた教育には、澱みも生まれる。

教師の使命感。

被害者へ寄り添う共感。

戦争責任への罪悪感。

平和運動への連帯。

「忘れれば、また戦争が起きる」という恐怖。

過去の教育を否定したくない気持ち。

そうしたものが積み重なり、いつしか、

私たちは平和の側にいる。
だから、私たちの方法も平和である。

という自己認識へ変わる。

だが、正しい目的を持つ人も、人を危険へさらす。

被害者に共感する人も、目の前の子どもの声を聞き落とす。

国家権力を監視する人も、自分たちの組織を監視しなければ暴走する。

正義は、安全管理の免許証ではない。

文科省の「政治的中立性」判断とは切り分ける

この事故を受け、文部科学省は、抗議船を使った見学、抗議活動に関する礼拝での説明、過去のしおりに掲載された座り込みへの参加依頼、多様な見解の提示不足などを理由に、この平和学習が教育基本法第14条第2項に反すると判断した。

この判断には、政府自身が辺野古移設の当事者なのに、政府に批判的な学習を「中立性違反」と判断してよいのか、全国の平和教育を萎縮させるのではないかという批判がある。沖縄の研究者や知事も、事故の安全管理は検証すべきだとしながら、政治的中立性の判断には懸念を示している。

私は、この二つを分ける必要があると思う。

文科省の違法認定が妥当かどうかは、教育基本法、政治教育、政府の介入という別の議論である。

第三者委員会も、平和学習の内容の適切性自体は調査対象外と明記している。

政府が事故を利用して、基地政策へ批判的な教育を萎縮させることには警戒が必要だ。

しかし同時に、

政府に利用されるから、安全管理の問題を批判するな
平和教育が萎縮するから、運動と教育の境界を問うな

となってもいけない。

安全管理を厳しく批判することと、沖縄や辺野古を学ぶ自由を守ることは両立する。

接続はする。混同はしない。

政府から教育を守るためにも、平和教育の側が、自分たちの方法を自分たちで監査できなければならない。

辺野古をどう学べばよかったのか

辺野古を深く学ぶために、子どもを抗議船へ乗せる必要はない。

まず授業で、普天間飛行場、辺野古移設、沖縄の基地負担、安全保障、自治、自然環境、日米関係について複数の資料を読む。

沖縄県、防衛省、名護市、地元住民、抗議活動をする人、建設を支持する人、環境研究者などから話を聞く。

現地へ行くなら、安全な陸上の場所から工事現場や海を見る。

海上から見る必要があるなら、運航事業者の資格、船体、保険、航路、定員、乗組員、救命設備、気象条件、中止基準を学校が確認し、教員が乗船する。

抗議行動を行う船ではなく、見学のために安全管理された船を使う。

臨時制限区域や警備活動へ近づかない。

実施前に生徒と保護者へ、政治的な位置づけと具体的な危険を説明する。

参加しない生徒には、不利益のない代替学習を用意する。

子どもを抗議活動の参加者や象徴にしない。

それでも、辺野古の問題は十分に学べる。

むしろ現場の刺激や高揚感から距離を置くことで、

  • なぜ基地が沖縄へ集中したのか
  • 普天間の危険性をどう除去するのか
  • 国防と自治はどう調整されるべきか
  • 反対運動はどのような役割を果たしてきたのか
  • 政府、県、住民の主張はどこで対立しているのか
  • 自分は何を支持し、その理由は何か

を、落ち着いて考えられる。

体験が強烈であるほど、学習が深いとは限らない。

海保と対峙する船へ乗ることより、複雑な対立を自分の言葉で説明できることの方が、はるかに深い政治教育である。

母の言葉へ戻る

事故を見て、母は言った。

「私らのやってきた教育は、間違ってきたと思うわ」

おそらく母は、平和を教えたことを悔いたのではない。

平和という正しい感情を強く育てれば、人は正しく行動すると思っていた。

けれども、正義を強く信じる人間は、自分の方法を疑わなくなることがある。

相手が国家や権力なら、自分たちは自動的に弱者であり、善であり、安全だと思ってしまう。

その結果、目の前の人間の身体より、大きな大義を優先することがある。

反戦を教えた。

反差別を教えた。

権力へ異議を唱えることを教えた。

しかし、

自分たちの正義も監査しなさい。
善い目的でも、人を道具にしてはいけない。
危険を感じたら、行動を中止しなさい。
大義より先に、目の前の身体を守りなさい。

というところまで、十分には教えられなかった。

母が見た「間違い」は、そこだったのではないかと思う。

平和教育なら、まず子どもの平和を守れ

辺野古を学ぶなとは言わない。

基地へ反対する人の話を聞くなとも言わない。

政府の政策を批判するなとも言わない。

むしろ、学べばよい。聞けばよい。批判すればよい。

その代わり、子どもを大義の小道具にするな。

子どもの安全を、活動家への信頼へ預けるな。

子どもの「怖い」という声を、政治的使命感で押し流すな。

大人が引き受けるべき政治的危険を、「体験学習」という名前で子どもへ分配するな。

平和教育の目的は、平和という正しい感情を子どもに演じさせることではない。

自分の側の正義さえ監査し、目の前の人間を大義の材料にしない判断力を育てることだ。

平和を教えるなら、まず、いま目の前にいる子どもの平和を守れ。

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