サニタリーポーチに見る、月経用品の「通常化」
最近、AliExpressやSHEINを眺めていると、小さくてかわいい「サニタリーポーチ」がよく目につく。
生理用ナプキンが数枚、きれいに収まるくらいの四角いポーチ。
リボン柄、花柄、キャラクター柄、刺繍、コーデュロイ、メッシュ。色も形もたくさんある。
単なる「小物入れ」ではない。
SHEIN JAPANには現在、実際に「生理用ナプキン収納ポーチ」という独立したカテゴリーがあり、学校、仕事、旅行などでナプキンやタンポンを持ち歩く用途を明示した商品が大量に並んでいる。150円程度の商品からあり、「かわいい」「学校で使える」「生理用品が入る」といった要素が、ごく普通の商品説明として同居している。
SHEIN JAPAN
https://jp.shein.com/Sanitary-Napkin-Storage-Bags-c-8829.html
これを見ていて、私が思春期だった約30年前のことを思い出した。
ナプキンを持っていること自体が恥ずかしかった
私が中高生だった頃、学校でナプキンを持ち歩くことは、なかなかの死活問題だった。
カバンの中から生理用ナプキンを取り出して、
ササササササッ
と制服のポケットへ突っ込む。
そして、何食わぬ顔でトイレへ行く。
なぜそんな秘密工作をするのか。
ポーチを手に持って席を立っただけで、
「あ、生理なんだ」
と思われる気がしたからである。
私は、予備のナプキンを収納できるポケットが付いた生理用ショーツを使っていたこともある。
さらに個室へ入ってからも、ナプキンの包装を破る、
ガサガサ。カサカサ。
という音まで恥ずかしかった。
隣の個室に聞こえたら、生理だと知られてしまう。
もちろん、今から考えれば「それがどうした」である。
43歳になった現在の私は、リュックサックの中にナプキンを一枚、そのままポイッと放り込んでいても平気である。
しかし思春期には、そう簡単ではなかった。
身体そのものがまだ自分に馴染みきっていない時期に、生理という現象まで他人から観測されることには、独特の羞恥があった。
そして、この感覚は完全に昔話になったわけではない。
現在のワコールジュニアにも、
学校でトイレに行くとき、ナプキンを持っていくのが恥ずかしい
という相談が掲載されており、その対策として予備のナプキンを収納できるポケット付き生理用ショーツが紹介されている。別の記事でも、「ポーチを持ってトイレへ行くと周囲に生理だとばれそうで恥ずかしい」という場面がそのまま描かれている。
ワコール ジュニア
https://www.wacoal.jp/junior/soudan/sp01.html
ガールズばでなび by ワコール
https://www.wacoal.jp/girlsbody/magazine/vol14.html
だから、
「昔は生理を恥ずかしがっていたけれど、今の若い子はもう気にしない」
と単純に言うことはできない。
今でも「知られたくない」という需要はある。
それでも現在の市場には、30年前とは少し違う何かが増えている。
「何かのポーチに入れる」から「ナプキン用のポーチを選ぶ」へ
昔だって、生理用品をポーチに入れる人はいた。
ただし多くの場合、それは化粧ポーチ、小物入れ、巾着など、何か別の用途にも使える入れ物を生理用品入れとして利用するものだった。
ところが今は、
「これはナプキンを入れるためのポーチです」
という商品そのものが成立している。
ナプキンの大きさに合わせて作られ、何枚入るかが分かり、ファスナーが付いていて、好きな色や柄を選べる。
米国のTikTok Shopにも現在、period pouch や sanitary pad storage pouch として、女性や10代、学生向けの商品が多数並んでいる。学校用バッグに入れられること、ナプキンやライナーを整理して持ち歩けること、色や素材を選べることが商品価値になっている。
つまりこれは、少なくともアジアだけの現象ではなさそうである。
ただし、ここで私は一つ考える。
これは本当に、
「月経への羞恥心が減ったから、サニタリーポーチが増えた」
だけなのだろうか。
たぶん、それだけではない。
iPodケースからガジェットポーチへ。何でも「専用品」になった
この30年、私たちの周囲ではあらゆる物に専用ケースが作られるようになった。
携帯電話。
iPod。
デジタルカメラ。
携帯ゲーム機。
イヤホン。
充電器。
ケーブル。
モバイルバッテリー。
薬。
アクセサリー。
以前なら「適当なポーチ」へ入れていた物にも、その物のサイズや用途に合わせた専用ケースを買う文化が広がった。
特にネット通販では、この細分化がものすごい。
「小物入れ」という大きなカテゴリーではなく、
イヤホンケース。
ガジェットポーチ。
薬ポーチ。
コスメポーチ。
サニタリーポーチ。
と、用途ごとに商品が分かれる。
生理用ナプキンは、考えてみれば専用ポーチを設計しやすい。
畳まれた形はだいたい四角い。
数枚まとめて持ち歩く。
交換のたびに出し入れする。
バッグの中で汚れたり潰れたりしない方がいい。
昼用、夜用で大きさにもある程度規則性がある。
ならば、
「ナプキンがぴったり入るポーチが欲しい」
という需要が発生するのは、収納用品の歴史から見てもかなり自然である。
つまり現在のサニタリーポーチは、
月経に対する文化的変化だけでなく、あらゆる持ち物が専用品化してきた消費文化の延長線上にもある
のかもしれない。
そしてSNSは「ぴったり収まること」をコンテンツにした
さらに、もう一つ大きいのではないかと思うのがTikTokやInstagramである。
近年のSNSには、
コスメを引き出しへ美しく並べる。
旅行用ポーチへ小分けする。
バッグの中身を紹介する。
小物を色別に収納する。
商品を開封して、決められた場所へぴったり収める。
そんな動画がたくさんある。
重要なのは、「収納することそのもの」が見て楽しいコンテンツになったことである。
物がぴったり収まる。
色が揃う。
必要なものが小さな空間に整然と並ぶ。
そこに、小さな快感がある。
すると生理用品も、
「隠すべき物」ではなく「収納する物」
として、この文法に参加できる。
このポーチなら昼用が数枚入る。
ここにタンポン。
ここに鎮痛薬。
ここに替えのショーツ。
ファスナーを閉めれば、小さなperiod kitの完成。
商品開封動画や「バッグの中身」動画との相性も非常にいい。
これは今回の観察からの仮説であって、SNSがサニタリーポーチ普及の原因だと証明されたわけではない。
しかし、
専用収納文化
と
SNSの整理・収納美学
と
月経用品を画面に出せる程度のタブー緩和
が同じ時代に重なっていることは、かなり興味深い。
「可視化」というより「通常化」
私は、この変化を「月経の可視化」と呼ぶより、月経用品の通常化と呼びたい。
サニタリーポーチは、中身を人に見せるためのものではない。
むしろ中身は隠れる。
だから、
「ナプキンなんて堂々と手に持って歩けばいい」
という話ではない。
身体にはプライバシーがあっていい。
生理中であることを他人に知らせなくてもいい。
しかし、
「見せなくてもいい」
と、
「持っていることを知られてはいけない」
は違う。
プライバシーと羞恥は、同じものではない。
30年前の私にとってナプキンは、
存在を察知されないように持つ物
だった。
今の市場では、
どう持てばきれいか、かわいいかを選べる物
にもなっている。
この違いは、小さい。
でも私は、この小ささが面白い。
「かわいくしてあげたい」は、愛しさが一歩近づいたことでもある
もちろん、生理は面倒である。
腹が痛い。
漏れる。
蒸れる。
予定を狂わせる。
生理を好きになる必要なんてない。
それでも、
「ナプキンをかわいく収納したい」
と思えることには、少し別のものが含まれている気がする。
自分が毎月使う物。
自分の身体を世話するための物。
それを、
恥ずかしいから隠す
だけではなく、
せっかく持つなら、かわいいポーチへ入れておこう
と思う。
それはほんの一歩だけ、愛しさの視点が近づくことでもあるのではないだろうか。
生理そのものを愛せなくてもいい。
身体を肯定する大きな思想を持たなくてもいい。
ただ、自分の身体のために使う物を、少し丁寧に扱う。
好きな色を選ぶ。
好きな柄を選ぶ。
きれいにしまう。
それだけでも、
羞恥から手入れへ
という小さな移動が起きる。
私は、そのくらいの変化が好きである。
小さなポーチにも、身体文化は残る
もちろん、通販サイトにサニタリーポーチが大量にあるからといって、若い女性全体の意識が変わったとは言えない。
今でもポーチを持ってトイレへ行くことが恥ずかしい子はいる。
ポケット付きの生理用ショーツも必要とされている。
サニタリーポーチが実際にどの年代へ、どの程度普及しているかを示す代表的な調査も、私はまだ知らない。
だからこれは、
「現代の若者は月経を恥ずかしがらなくなった」
という記事ではない。
そうではなく、
30年前には主として、
どうやって見つからないように持つか
へ工夫が向いていた。
現在はその横に、
どうやってきれいに、かわいく持つか
という選択肢が育っている。
そこには、
月経タブーの緩和
専用ケース文化の発達
SNSの収納美学
という複数の流れが合流しているのかもしれない。
社会の身体観は、法律や運動の歴史にだけ残るわけではない。
制服のポケットにも残る。
トイレで響くナプキンの包装音にも残る。
TikTokのバッグ紹介にも残る。
通販サイトの商品カテゴリーにも残る。
そして、数百円の小さな花柄ポーチにも残る。
30年前、私はナプキンを制服のポケットへササササササッと隠した。
43歳の私は、リュックに一枚ポイッと入れている。
そして今の若い子の中には、自分のナプキンのために、かわいい小さなポーチを選ぶ人もいる。
どれも、生理用品を持ち歩いていることには変わりない。
でも、その物へ伸ばす手の形は、少しずつ違う。
その違いを、身体文化の小さな記録として残しておきたい。

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