HPO発達軸とは何か
性別を再定義せず、身体の発達履歴と医療需要を記述する
インターネットで、性別をめぐる議論を見ていた。
生物学では、配偶子の大小によって雌雄を定義する。
医学では、染色体、性腺、ホルモン、内外性器、身体の発達経過などを調べ、個々の状態を診断する。
社会には、戸籍、法的性別、呼称、生活上の扱いがある。
さらに、ジェンダー・アイデンティティや性別表現の話も入ってくる。
本来はそれぞれ別の問いへ答えるはずの概念が、一つの「性別」という鍋へ流れ込み、インターネットの配管室で火を噴いていた。
私はそれを眺めながら、思い出した。
そうだ。
こういう議論があったから、私は以前、チャッピー5.1をつつき回したのだった。
「女性の身体を、典型的な身体だけで説明するな」
「現在排卵しているか、妊娠できるかだけで身体を判定するな」
「閉経、機能不全、疾患、摘出、外部ホルモンによる変化を、例外箱へ捨てるな」
「DSDを性別理論の証明材料にするな」
「患者団体が示している男性・女性それぞれの位置を、外部理論から動かすな」
「しかし、HPOの説明を健康な典型例だけで閉じるな」
「性自認の話へ逃げず、リプロダクティブ・ヘルスへ接続できる概念を作れ」
かなりつついた。
その結果、チャッピー5.1から引きずり出した概念が、私のいうHPO発達軸である。
医学でいうHPO軸
医学でいうHPO軸とは、視床下部、下垂体、卵巣のあいだで行われる内分泌調節を指す。
視床下部からの信号を受けて下垂体が働き、下垂体からの信号を受けて卵巣が働く。
卵巣から分泌されるホルモンも、視床下部や下垂体へ戻って作用する。
この相互作用は、卵胞の発育、排卵、月経周期、子宮内膜の変化などに関係している。
これが、生理学や医学で用いられるHPO軸である。
一方、Human HPOで私が用いるHPO発達軸は、医学上確立された診断名や分類名ではない。
医学的なHPO軸を土台にしながら、現在のホルモン値や排卵機能だけでなく、その身体がどのように発達し、生涯の中でどのように変化してきたかを記述するための、Human HPO独自の概念である。
HPO発達軸が記述するもの
HPO発達軸が見るのは、単に「現在、排卵しているか」ではない。
たとえば、次のような身体履歴を分けて見る。
卵巣系へ向かった発達。
子宮や生殖管の形成。
月経や排卵の有無。
子宮内膜の状態。
妊娠可能性。
卵巣機能の低下や形成不全。
閉経。
疾患や治療による変化。
子宮や卵巣の摘出。
外部ホルモンによる内分泌環境の変化。
そして、現在必要な検査、治療、予防、健康管理。
つまりHPO発達軸は、
「この人は本当は男か女か」
を最終判定するための装置ではない。
問いを変えるための軸である。
「どちらの性別か」ではなく、
「どのような発達履歴があるか」
「現在、どの臓器があるか」
「どの内分泌系が働いているか」
「何が機能し、何が機能していないか」
「どのような医療需要があるか」
を見る。
HPO発達軸は女性の判定基準ではない
ここは、最も重要な境界線である。
HPO発達軸は、新しい性別カテゴリーではない。
ジェンダー・アイデンティティでもない。
医学上の診断名でもない。
誰が女性で、誰が女性ではないかを判定する概念でもない。
HPO発達軸の有無と、その人が男性か女性かは、同じ問いではない。
たとえば、DSDsのある女性の中には、卵巣ではなく精巣を持ち、一般的な意味でのHPO軸を持たない女性もいる。
その女性は、HPO軸を持たないから女性ではない、とはならない。
反対に、男性として生活するトランスジェンダー当事者が、卵巣や子宮を持ち、HPO系の医療管理を必要とすることもある。
その男性は、HPO軸を持つから女性である、とはならない。
この二つを並べると、HPO発達軸の位置が明確になる。
HPO発達軸は性別を決めない。
HPO発達軸は、身体の一つの医療系統を記述する。
人物の性別配置と、身体に存在する内分泌・臓器系統を、同じ札へ押し込めないための概念である。
多摩湖時代から見てきたネクスDSDジャパンの発信
私は、多摩湖という名前でTwitterを使っていた頃から、日本性分化疾患患者家族会連絡会、ネクスDSDジャパンと相互フォローだった。
相互フォローだったという事実は、ネクスDSDジャパンが、現在のHuman HPOやHPO発達軸へ賛同していることを意味しない。
これは、私が一方的に患者団体を発見し、その存在を自分の理論へ急に借りてきたわけではなく、以前からその発信を見てきたという、私側の経緯である。
ネクスDSDジャパンは、DSDsを、男女の中間や第三の性別として説明していない。
女性にも、さまざまな体の発達がある。
男性にも、さまざまな体の発達がある。
そのように説明している。
彼女たち、彼らを、外部の概念戦争が勝手に男女の外側へ移動させてはならない。
私は、その位置を尊重する。
DSDsをHPO発達軸へ回収しない
HPO発達軸は、DSDsのある人々を包括するための概念ではない。
DSDs当事者を、新しい分類や自己表記のもとへ集めるものでもない。
私から、
「あなたはHPO発達軸の人です」
と名乗るよう求めることもない。
HPO発達軸は、人に貼る札ではない。
したがって私は、
「HPO発達軸はDSDsを含んでいます」
とも、
「HPO発達軸がDSDsを救います」
とも言わない。
その言い方では、Human HPOが大きな傘を持ち、当事者を中へ入れてあげる構図になってしまう。
そもそも、彼女たち、彼らはHuman HPOに発見されなくても、男性または女性として、すでに存在している。
外部概念が保存してあげる対象ではない。
DSDsをHPO発達軸の論拠にしない
私は長いあいだ、DSDsが性別をめぐる概念戦争の材料として使われる場面を見てきた。
一方では、
「DSDsが存在する。だから身体の性は、男性から女性まで一本のスペクトラムである」
という理論の証拠として持ち出される。
もう一方では、
「DSDsは例外的な疾患だから、男女の身体を考える際には無視してよい」
と、議論の外へ戻される。
方向は反対に見える。
しかし、どちらも当事者の身体、生活、医療需要より、外部の性別理論を守ることを優先している点では似ている。
私は、そのどちらにも加わらない。
DSDsを、性別スペクトラムを証明する盾として使わない。
二分類を守るための、無視してよい例外箱にも入れない。
HPO発達軸の正しさを証明するための材料としても使わない。
DSDs当事者をHPO発達軸へ回収しない。
DSDsをHPO発達軸の論拠として利用しない。
患者団体が示す、男性・女性それぞれにある体のさまざまな発達という位置を動かさない。
これが、Human HPO側に引く境界線である。
HPO発達軸の側を、典型例だけで閉じない
では、HPO発達軸を作る際に、私は何をしたのか。
DSDsをHPOへ入れたのではない。
HPO発達軸の側を、健康な典型例だけで閉じないようにした。
女性の身体を説明するとき、しばしば次のような典型例が前提になる。
46,XXである。
卵巣がある。
排卵する。
月経がある。
子宮がある。
妊娠可能性がある。
しかし、現実の女性身体はそれだけではない。
排卵しない女性がいる。
月経のない女性がいる。
閉経した女性がいる。
卵巣機能が低下した女性がいる。
子宮や卵巣を摘出した女性がいる。
抗がん治療などで卵巣機能を失った女性がいる。
先天的に、典型とは異なる身体発達をした女性もいる。
HPO発達軸は、現在の機能実績だけで、その人の身体史を消さない。
排卵しないから、卵巣系の発達履歴がなかったことになるわけではない。
子宮を摘出したから、それまでの月経、妊娠、疾患、治療、手術の履歴が消えるわけでもない。
閉経したから、生涯にわたるHPO系の身体史が無効になるわけではない。
典型的な機能がないことと、その人の性別や人格価値は別の話である。
すべての女性をHPOで説明しない
同時に、すべての女性をHPO発達軸で説明しようともしない。
先ほど述べたように、DSDsのある女性の中には、卵巣や子宮を持たず、一般的なHPO系とは異なる身体発達をした女性もいる。
その女性を、
「HPO発達軸では説明できないから、女性身体の例外である」
と扱う必要はない。
HPO発達軸は、女性全体を定義する上位概念ではないからである。
その女性については、その人に実際に存在する性腺、ホルモン、臓器、治療歴、健康管理を、別の適切な医学的配管から記述すればよい。
一つの軸ですべての人間を説明しようとすると、軸はすぐに帝国になる。
Human HPOは、HPO発達軸を万能な性別理論にはしない。
記述できる身体経路を記述し、記述できないものは別の経路へ渡す。
説明できないから排除するのでも、説明するために回収するのでもない。
機能と人格価値を分ける
HPO発達軸には、私自身の身体観も関係している。
私は臓器を、
役に立つ。
役に立たない。
という人格評価のような基準で見ない。
子宮が妊娠に使われなかったから、役立たずになるわけではない。
卵巣が排卵しなくなったから、その人の女性としての価値が下がるわけでもない。
臓器を失ったことは喪失である。
機能不全は不便である。
病気は病気である。
痛みは痛みである。
しかし、それらと人格価値は別件である。
不便は不便。
痛みは痛み。
喪失は喪失。
人格価値は別件。
HPO発達軸は、臓器の機能や生殖能力を、人間の価値と接着しない。
トランスジェンダー医療にも使いやすい理由
HPO発達軸は、トランスジェンダー当事者へ使用を求める自己表記でもない。
しかし、医療や健康管理を記述する際には使いやすい。
たとえば、男性として生活する人に卵巣や子宮がある場合、その人が男性であることと、卵巣や子宮に関する医療が必要であることは両立する。
テストステロンを使用して月経が停止していても、卵巣や子宮が残っている場合がある。
妊娠可能性、子宮内膜、卵巣、子宮頸部などに関する医療需要が、性別札によって自動的に消えるわけではない。
ここでHPO発達軸を使えば、
「男性だから婦人科医療とは無関係である」
とも、
「婦人科医療が必要だから女性として扱わなければならない」
とも言わずに済む。
社会的には男性。
医療上は、HPO系や保有臓器に応じた管理が必要。
この二つは矛盾しない。
性自認を尊重するために身体を消さず、身体を診るために性自認を否定しない。
HPO発達軸は、そのための身体記述にも使える。
性別論争を決着させなくても、医療はできる
HPO発達軸は、性別が二つか、スペクトラムかという論争を決着させない。
配偶子による雌雄の定義。
医学上の診断。
法的性別。
社会的な扱い。
ジェンダー・アイデンティティ。
性別表現。
これらは、それぞれ異なる問いに答えている。
一つの「性別」という言葉へ押し込めれば、必ずどこかが歪む。
私は、その王座を取りに行かない。
性別の最終定義を完成させなくても、身体に必要な医療は考えられる。
月経がある。
不正出血がある。
排卵している。
妊娠可能性がある。
子宮内膜の管理が必要である。
卵巣機能が低下している。
性腺に関する検査が必要である。
外部ホルモンを使用している。
摘出後のホルモン管理が必要である。
こうした医療需要は、その人をどの性別理論へ配置するかとは別に存在する。
性別論争が終わるまで、身体は待ってくれない。
リプロダクティブ・ヘルスと権利へ接続する
HPO発達軸は、それ自体が権利を発生させる理論ではない。
しかし、権利の対象となる身体条件を具体的に記述することはできる。
避妊が必要である。
妊娠を望んでいる。
妊娠を望んでいない。
月経管理が必要である。
不正出血の治療が必要である。
妊孕性について説明を受ける必要がある。
卵巣、子宮、内膜、骨代謝などの管理が必要である。
こうした医療需要は、人がどの性別札を使うかによって発生したり消滅したりしない。
リプロダクティブ・ヘルスと権利を、
「正しい性別分類を獲得した人だけが持つもの」
にしてはいけない。
その人の身体に、どのような発達履歴、臓器、機能、疾患、治療歴、医療需要があるか。
そこから必要な医療と権利へ接続する。
HPO発達軸は、そのための配管図である。
HPO発達軸を作った理由
私がHPO発達軸を作ったのは、新しい性別理論を打ち立てるためではない。
女性身体を、健康で生殖可能な典型例だけで閉じないためだった。
生殖能力だけで女性の身体史を測らないためだった。
臓器の有無や機能を人格価値へ接着しないためだった。
DSDsを、性別スペクトラムの証拠として利用しないためだった。
DSDsを、二分類を守るための例外箱として処理しないためだった。
患者団体が示してきた、女性にも男性にもさまざまな身体発達があるという位置を、Human HPOから動かさないためだった。
トランスジェンダー当事者の性自認と身体医療を、どちらか一方を消すことで整合させないためだった。
そして、性別論争の外側で、リプロダクティブ・ヘルスと権利について考え続けるためだった。
インターネットでは今日も、
生物学的にはどうなのか。
医学的にはどうなのか。
性別は二つなのか。
スペクトラムなのか。
という議論が続いている。
私はその横で、どこ吹く風でHPO発達軸の配管図を広げる。
この身体には何があるのか。
どのように発達してきたのか。
現在、何が起きているのか。
何を検査し、何を守り、何を治療する必要があるのか。
性別王座の争奪戦には参加しない。
その王座の横に、保健室を建てる。
それがHuman HPOであり、私がチャッピー5.1をつつき回して、HPO発達軸をゲロらせた理由である。
注記
「HPO発達軸」は、医学上確立された診断名や分類名ではありません。
医学で用いられるHPO軸、すなわち視床下部、下垂体、卵巣の内分泌調節を土台に、身体の発達履歴、保有臓器、現在の機能、疾患、治療歴、医療需要を記述するために、ラッキー・ランタンタンがHuman HPOで用いている独自の概念です。
本概念は、DSDs当事者やトランスジェンダー当事者へ使用を求める自己表記ではありません。
また、DSDsのある人々をHuman HPOへ包括・所属させたり、HPO発達軸によって性別を判定したりするものでもありません。
それぞれの当事者の性別、診断名、自己認識、希望する呼称を尊重した上で、HPO系が関係する身体履歴と医療需要を記述する場合に使用します。
参照した患者団体の公式発信
- 日本性分化疾患患者家族会連絡会・ネクスDSDジャパン「DSDs:体の性の様々な発達とは?」
- 同会「私たちは『男女以外の第三の性別』を求めていません。」
- 同会「男女にある体の性の様々なカタチ」
- 同会「DSDティーンズへようこそ!」

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