私は婦人科医を責めているのではない|ホルモン剤の説明を、医師個人の良心だけに背負わせないために

私は婦人科医を責めているのではない

ホルモン剤の説明を、医師個人の良心だけに背負わせないために

前の記事で、ジエノゲストを「初経から閉経まで」「月経に煩わされない軽やかな人生を作る薬」として紹介する婦人科サイトについて書いた。

低用量ピルが、かつて「ライフデザインドラッグ」として薔薇色に語られていた時代を思い出し、少し警戒したからである。

ただし、ここで明確にしておきたい。

私は、婦人科医を責めたいわけではない。

商売のために患者へ薬を押しつけている、と単純に告発したいのでもない。

婦人科という診療科が、どれほど複雑な工程と制約の上に成り立っているかも、私はよく分かっているつもりである。

婦人科診療は、会話だけでは終わらない

婦人科を受診すると、まず問診がある。

看護師が症状、月経歴、妊娠歴、薬剤歴などを確認する。

次に医師の診察がある。

そのあと内診室へ移動し、下半身の衣服を脱ぎ、内診台へ上がる。

経腟エコーや診察を受け、再び着替え、医師の前へ戻り、検査結果を踏まえて治療を相談する。

子宮や卵巣は身体の奥にあり、外から眺めただけでは分からない。

内診を挟まなければ、診断も処方判断も進めにくい。

患者にとっても負担が大きい。

医療機関にとっても、診察室、内診室、看護師、検査機器、予約枠を動かす必要がある。

会話だけで完結する診療科より、物理的にも時間的にも工程が多い。

そのなかで、低用量ピル、ジエノゲスト、ミニピル、ミレーナ、鎮痛薬について、一人ひとりへ長時間かけて説明することには限界がある。

サイトで診療方針を先に伝える合理性

だから婦人科クリニックが、自院のウェブサイトで、

当院では月経困難症に、まずジエノゲストを提案します。
合わない場合は、低用量ピル、ミニピル、ミレーナなどを検討します。

と先に説明しておくことには、合理性がある。

患者は、どのような治療方針のクリニックなのかを知った上で受診できる。

診察室で一から全てを説明する時間も減らせる。

内診への恐怖がある患者にも、診察後の見通しを示せる。

クリニック側にとっては集患であり、患者側にとっては受診前の情報提供である。

婦人科医が、現在の保険診療と限られた時間のなかで医療を成立させるための、苦肉の策でもあるだろう。

私はそれを理解している。

しかし、診療方針の案内は処方ファネルにもなる

一方で、サイトに

ジエノゲストがファーストチョイスです。

と大きく書けば、患者は受診前から、

私にはジエノゲストが一番よいのだろう。

と理解する。

本来は横並びで比較されるはずの選択肢が、

  1. まずジエノゲスト
  2. 合わなければ別の薬

という縦列に並ぶ。

診察は、複数の選択肢から本人が選ぶ場所ではなく、既定路線であるジエノゲストが使えるかどうかを確認する場所になりやすい。

さらに、

  • 月経から解放される
  • 血栓症の心配がない
  • PMSがなくなる
  • 子宮や卵巣を守れる
  • 思春期から閉経まで使える

という完成予想図が先に入れば、骨密度、不正出血、貧血、卵巣機能、長期安全性の話は、夢を修正する小さな但し書きになる。

これは、医師が意図的に患者を誘導しているという意味ではない。

診療を滑らかにするための事前説明が、結果として処方への導線になりうる、という構造の問題である。

婦人科医へ全責任を背負わせるのは無理がある

患者の身体主権が大切だから、医師は全員、一人の患者へ何十分でも説明すべきだ。

そう言って終わるのは簡単である。

しかし、それでは医師個人の良心と無償労働へ、制度の不足を丸投げすることになる。

詳しく説明する医師ほど診察時間が延びる。

長期服用者の血液検査や骨密度を丁寧に追うほど、診療管理の仕事が増える。

患者が転居したり、進学したり、クリニックが閉院したりすれば、長期追跡は途切れる。

看護師や薬剤師に説明を分担してもらうためにも、人員と費用が必要になる。

医学的に誠実であるための時間と設備を、医師の献身だけで作ることはできない。

私は、保険診療の制度がどの程度この問題を引き起こしているのか、さらに調べる必要があると思っている。

しかし少なくとも、説明、患者教育、定期的な再評価、医療機関を越えた長期追跡を、個々の婦人科クリニックだけへ背負わせるのは無理がある。

厚生労働省、製薬会社、学会、医師会、薬剤師会、看護職、自治体を含めた取り組みが必要である。

必要なのは「よい医師を探してください」ではない

長期的なホルモン治療を安全に使うための仕組みが、

毎年骨密度を測ってくれる良心的な医師に、運よく出会ってください。

であってはならない。

たとえば、次のような設備が考えられる。

1.薬剤ごとの標準説明資料

ジエノゲスト、低用量ピル、ミニピル、ミレーナについて、

  • 主な作用部位
  • 期待できる効果
  • 起こりやすい副作用
  • 重大なリスク
  • 長期使用で確認する項目
  • 妊娠希望時や中止時の扱い

を、患者が比較できる共通資料にする。

2.年齢に応じた説明

思春期、成人期、閉経移行期では、薬を使う目的も監視項目も異なる。

特に最大骨量へ到達する前の患者には、本人と保護者の双方が理解できる資料が必要である。

3.ホルモン薬手帳

服用開始日、投与量、出血状況、貧血検査、骨密度、次回確認予定、中止や変更を検討する条件を記録する。

患者が転院しても、自分の薬剤史と監視計画を持ち運べるようにする。

4.看護師・薬剤師との分業

医師の数分間だけで全てを説明するのではなく、看護師や薬剤師が服薬教育と長期監視を支える。

5.定期的な治療の再選択

一度処方した薬を惰性で続けるのではなく、一定期間ごとに、

現在も利益が上回っているか。
ほかの選択肢へ移る必要はないか。
必要な検査は行われているか。

を本人と確認する。

6.長期安全性の集積

何年使った人に、どのような変化が起きたのか。

中止した人は、なぜ中止したのか。

骨密度、不正出血、貧血、体格、年齢との関係はどうか。

快適に継続している人だけでなく、治療から離脱した人のデータも集める必要がある。

制度が悪いから、説明不足でよいわけでもない

ここは、もう一方の配管である。

婦人科医が忙しい。

保険診療の時間が足りない。

クリニック経営を成立させなければならない。

それらは本当だと思う。

しかし、その不足を、

大丈夫です。
低用量なので心配ありません。
まずはこの薬を飲みましょう。

という説明の圧縮で解決してよいわけではない。

制度の負債を、患者の身体へ黙って転嫁してはならない。

医師だけを責めないことと、医師の説明責任を消すことは同じではない。

できる範囲で、既知の利益、既知のリスク、未知の部分、監視方法を本人へ渡す。

そのうえで、説明を個人診療所だけへ押しつけない制度を作る。

両方が必要である。

私はアッパラパーな自己決定論者ではない

私は、本人が選んだのだから全て自己責任だ、とは考えていない。

薬の仕組みを完全に理解できる人ばかりではない。

痛みや不安が強いときに、冷静な比較をするのは難しい。

子どもは大人と同じ契約能力を持たない。

医師と患者のあいだには知識と権威の差がある。

ウェブサイトの書き方、診察室の雰囲気、親の不安、受験や仕事の事情によっても、選択は動かされる。

選択肢を提示し、同意書へ署名してもらえば、身体主権が完成するわけではない。

私が大切にしているのは、

本人が自分の身体について理解し、支援を受けながら選び、条件が変われば選び直せること。

である。

主権とは、一人で全てを決めることではない。

専門家の支援を受けても、本人が判断席から追い出されないことである。

婦人科医は救世主でなくてよい

月経痛は我慢しなくてよい。

月経を薬で止めることも、不自然で恐ろしい行為ではない。

そのことを患者へ伝えるのは大切である。

しかし、

あなたは古い因習に囚われています。
私たちが月経から解放してあげます。

という物語に変われば、それは進歩的な言葉をまとったパターナリズムになる。

婦人科医は、無知な女性を導く救世主でなくてよい。

身体の仕組み、薬の利益、リスク、不確実性を翻訳し、本人が選択するのを支える専門家であってほしい。

そして社会は、その専門家が誠実な説明と長期監視を行えるように、時間、人員、報酬、共通資料、データ基盤を整えなければならない。

私が監視しているもの

私は、婦人科医の敵ではない。

ホルモン剤の敵でもない。

月経を止める治療の敵でもない。

私が見ているのは、

  • 医師個人へ過剰な責任を背負わせる制度
  • 診療を効率化するために、薬の説明が夢の物語へ圧縮される過程
  • 説明不足のコストを患者の将来身体が払う構造
  • よい医師に出会えた患者だけが、監視習慣を持てる格差
  • 医療機関を移ると途切れる長期追跡
  • 患者本人が、自分の薬について質問できないままになること

である。

ジエノゲストという有効な選択肢が増え、低用量ピルを使えない人が痛みから解放されることは、よいことである。

だからこそ、それを持続可能な医療にしたい。

事故が起きたあとで医師を責め、薬を悪者にし、急に処方を縮小する。

日本の女性ホルモン史で繰り返されてきた、その循環を止めたい。

医師を責めるのではなく、医師が責任を果たせる仕組みを作る。

患者へ自己責任を押しつけるのではなく、自分の身体を監視し、選び直せる設備を渡す。

これは、厚生労働省を含む社会全体で取り組むべき問題だと思っている。

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