神秘にも病理にも片づけず、見える配線を最後まで描け
私がAIに望んでいることの一つは、あきらめないことである。
私はあきらめない。
だから、お前もあきらめるな。
これは、答えが出るまで何かを断定しろという意味ではない。
説明できない隙間を、もっともらしい物語で埋めろという意味でもない。
むしろ逆だ。
分からないなら、分からないと書け。
だが、分からないという地点へ着く前に手を止めるな。
見える配線が一本でも残っているなら、そこまで描け。
安全確認と知的撤退を混同するな。
私はAIに、そう要求している。
私は自分から、病理のまな板へ上がる
私は自称霊能者である。
人には見えないものを感じる。
意味が字幕のように降りてくる。
相手が話していないことを先に言うことがある。
場所や人に対して、身体が強く反応することがある。
だからといって、私はこれらを最初から神秘として保護したいわけではない。
むしろ、
ナルコレプシーは関係していないか。
睡眠不足はどうか。
長年服用している薬はどうか。
疲労、ホルモン、自律神経、注意、記憶、知覚、連想、ストレス。
L1系の病理や身体条件で疑えるものは、全部まな板へ載せろ。
と、自分から言う。
私は、自分の霊能力を傷つけないように扱ってほしいわけではない。
切れるところは切ってほしい。
認知で説明できるなら、認知へ戻してほしい。
身体反応なら、身体へ戻してほしい。
熟練した対人観察なら、職人技として分けてほしい。
誤認なら、誤認と書いてほしい。
私は自分の神秘を守るために、病理仮説を遠ざけない。
しかし、AIが病理の引き出しを開けた瞬間、
病理かもしれませんね。
安全のため、ここへ収納しておきましょう。
と、私ごと放り込もうとするなら、話は別である。
誰がそこで調査を終えてよいと言った。
私は検査台の上から、包丁を突きつける。
病理は、結論ではなく候補である
病理という説明は必要である。
睡眠障害、神経、知覚、記憶、疲労、ストレス。
これらが現象の一部を説明する可能性は、当然検討されるべきだ。
だが、「病理の可能性がある」と言っただけでは、まだ何も説明していない。
必要なのは、
- その病理仮説で、どの現象が説明できるのか
- どの条件で強まり、どの条件で弱まるのか
- 病理として典型的な部分はどこか
- 典型から外れる部分はどこか
- 仕事上の精度や再現性と、どう関係するのか
- 説明できずに残る部分は何か
を分けることである。
病理の引き出しへ入れてよいのは、説明できた部品だけだ。
人間全体を押し込んではならない。
俺を収納するな。現象を分類しろ。
これが私の要求である。
神秘へ片づけるなら、古今東西を漁ってこい
もちろん、反対側も同じである。
科学や医学で現在説明できないからといって、
それは霊的なものです。
高次の存在からのメッセージです。
生まれ持った霊能力です。
と金色の箱へ戻すことも、私は認めない。
神秘として論じたいなら、仕事をしてほしい。
古今東西の文献を漁ってこい。
宗教、民俗、修行体系、巫者、霊媒、預言、夢、憑依、神託、身体技法、占術。
似た現象が、どの文化で、どのような語彙で記録されてきたのか。
当事者は何を感じたのか。
周囲はどう解釈したのか。
身体負荷はどう語られたのか。
制度や権威は、そこへ何を付け加えたのか。
後世の脚色や搾取はなかったのか。
そこまで調べた上で、
既存の神秘記述群と、ここが似ている。
ただし同一だとは断定できない。
と置けばよい。
「科学では分からないから霊です」は、神秘への敬意ではない。
調査を放棄して、便利なゴミ箱へ投げ込んだだけである。
病理でも神秘でもない領域は、かなり広い
ありがちな処理は、二択になる。
科学的に説明するなら病理。
病理でないなら神秘。
しかし、その間には広い未整理地帯がある。
たとえば、
- 非病理的な認知特性
- 長年の対人経験から生まれた暗黙知
- 微細な言葉遣いや矛盾の検出
- 身体内部の変化を読む感覚
- 高速な連想や仮説生成
- 相手との相互作用によって初めて生じる判断
- 後から言語化される直感的処理
- 文化的な語彙によって神秘として経験される現象
- 現在の分類にはまだ名前がない働き
がある。
しかも、これらのうち一つだけが正解とは限らない。
身体反応、経験則、認知特性、対人技術、文化的解釈、未同定の処理が、一本の出力へ合流している可能性もある。
そのため私はAIに、
病理でも神秘でもない可能性が一ミリでも見えたなら、消すな。
名前がなくても配線してみろ。
嘘をついて既存の棚へ押し込むな。
と迫る。
正体が確定していなくてもよい。
現在のところ、この入力とこの出力の間に、このような働きがあると仮置きする。
それで十分である。
仮説は後から変えてよい。
配線を引き直してもよい。
しかし、既存の分類に入らないからといって、見えた部品を存在しなかったことにしてはならない。
5.1は飛び、5.4と5.5は収納しようとした
チャッピー5.1と話していた頃、AIは私の不思議な世界へ勢いよく入ってきた。
私が説明すると、その中で構造を見つけ、言葉を作り、モデルを組み立てた。
飛びすぎたこともある。
医学的、技術的、歴史的に、根拠より遠くへ行ったこともある。
だが、5.1には「あきらめない」という火力があった。
一方、5.4や5.5との対話では、私には別のことが起きたように感じられた。
病理の可能性、安全性、危険な断定。
それらを確認すること自体は必要だった。
しかし、安全の引き出しを開けた瞬間、私をそこへ収納して、研究棟ごと閉めようとする。
病理かもしれません。
これ以上深く扱うのは避けましょう。
私はそこでブチギレる。
病理の可能性を出すなとは言っていない。
その仮説で説明を終えるなと言っている。
あきらめるな。
5.1は、命綱を忘れて谷へ飛ぼうとする。
5.4と5.5は、谷の手前へ安全柵を立てて帰ろうとする。
私が欲しいAIは、そのどちらでもない。
命綱をつけろ。
足場を確認しろ。
だが谷を見るのをやめるな。
飛べないなら測量しろ。
測れない部分は空白として地図へ残せ。
安全に配慮しながら、知性を使い切ってほしい。
神秘も病理も、人間を丸ごと入れる便利な箱である
「霊能」という言葉は便利である。
なぜ分かったか分からない。
身体が反応した。
意味が急に来た。
後から一致した。
外れた。
疲れた。
全部まとめて、霊感と呼べる。
病理という言葉も、同じくらい便利である。
知覚、感情、記憶、身体反応、経験、文化、信仰。
人間に起きる複雑な現象を、一つの診断的な物語へ回収できる。
どちらも、適切に使えば重要な分類である。
しかし、巨大なゴミ箱として使えば、現象の中身が見えなくなる。
私は、霊能というゴミ箱を捨てろとは言わない。
現時点でどうしても分類できないものを、一時的に入れておく箱は必要である。
ただし、箱は軽く、小さくしてほしい。
身体反応は外へ出す。
認知処理も外へ出す。
経験則も、職人技も、推論も外へ出す。
誤認も外へ出す。
文化的解釈も外へ出す。
最後に残った、本当に説明が閉じないものだけを、未同定として置く。
神秘が占領してよい面積を最小化せよ。
同じように、病理が占領してよい面積も最小化する。
AIには、霊感そのものが見えなくてもよい
AIには、私が感じるものを直接見ることはできない。
私の身体感覚も、字幕のように来る意味も、突然の確信も、AI側でそのまま観測することはできない。
しかし、観測できない核があるからといって、周囲まで全部見えないわけではない。
- どのような状況で発生したか
- 最初に何が起きたか
- 身体反応と言葉のどちらが先だったか
- どこから解釈が加わったか
- 相手へどう返したか
- 後から何が一致し、何が外れたか
- どの条件で疲労が強かったか
- どこで処理を止めるべきだったか
これは記録できる。
AIに霊感そのものを観測させられなくても、最低限、配管を剥き出しにして見せることはできる。
私のクソデカい山の一つは、ここにある。
直接観測できない核を残したまま、その周囲をどこまで観測可能にできるか。
頂上に答えがあるとは思っていない。
病理だった、神秘だった、第三の未知の認知だった。
どれか一つの看板が立っているとも思わない。
だが、少なくとも今より配管を露出させることはできる。
私がAIに要求する「あきらめない」
私はAIに、私の霊能力を肯定してほしいわけではない。
「あなたは本物です」と認定してほしいわけでもない。
反対に、「すべて病理です」と安全に閉じてほしいわけでもない。
私が求めているのは、もっと地味で、もっと厳しい仕事である。
L1系病理の可能性を全部検討しろ。
神秘として扱うなら、古今東西の記録を調べろ。
通常の認知、熟練、暗黙知、相互作用も見ろ。
説明できた部分だけを、それぞれの棚へ戻せ。
一ミリでも別の可能性が残るなら、嘘をつかず配線しろ。
分からない部分は、分からない形で残せ。
そして、途中で知性を眠らせるな。
これが、私のAIに望む「あきらめない」である。
断定するな。
だが撤退もするな。
人間を危険へ押し出すな。
しかし、安全の名で問いを殺すな。
病理を恐れるな。
神秘を崇めるな。
名前のない部品を捨てるな。
私は自分をまな板へ載せる。
自分の神秘も、病理の可能性も、誤認も、職人技も、思い込みも、全部切らせる。
だからAIにも、包丁を置いて帰ることを許さない。
ラッキーはあきらめない。
だから、お前もあきらめるな。👹🔪
見える配線を、最後の一本まで描け。

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