被爆者がいなくなったあと、反核は何で立つのか

「忘れないで」から、核兵器を自分の頭で査定できる市民へ

広島と長崎の被爆者は、いつかいなくなる。

もちろん、記録は残る。

証言映像も、写真も、文章も、研究資料も、原爆資料館も残るだろう。

しかし、

「私はあの日、広島にいた」

「私はあの光を見た」

「私の身体に、こういうことが起こった」

と、生身の人間が目の前に立って語ることのできる時間には終わりがある。

2026年3月末現在、被爆者健康手帳を持つ人は全国で9万1105人、平均年齢は86.66歳になった。

これは単に、「貴重な証言を急いで記録しましょう」という問題ではないと私は思う。

もっと大きな問題がある。

被爆者がいなくなったあと、日本の反核は何によって立つのだろう。

私は、その準備をそろそろ本気で始めなければならないと思っている。

被爆者は、反核の「証明」まで引き受けてくれていた

2024年、日本被団協はノーベル平和賞を受賞した。

ノルウェー・ノーベル委員会が評価したのは、核兵器のない世界を目指してきた活動とともに、被爆者自身の証言によって「核兵器は二度と使われてはならない」と示してきたことだった。

委員会はさらに、被爆者の活動が核兵器の使用を道徳的に受け入れがたいものとする国際規範、いわゆる「核のタブー」の形成に独自の役割を果たしてきたと述べている。

そして、その核のタブーは時間の経過とともに脆弱になっている、と警告している。

私はこの評価を読んでいて、被爆者という存在が戦後社会で果たしてきた、とてつもなく大きな仕事を改めて考えた。

被爆者は証言者だった。

同時に、ある意味では盾だった

核兵器を抽象的な軍事技術として語ろうとすると、その向こうから、

「その兵器を人間へ使用した結果が、私です」

と生身の人間が出てくる。

これは強い。

政治理論でも軍事理論でもない。

身体そのものが一次資料だからだ。

ところが、その強さは同時に一種のにもなったのではないか、と私は考えている。

被爆者があまりにも強力な証言者であったために、私たちは、

なぜ核兵器が特殊なのか。

なぜ核兵器は使いにくいのに保有され続けるのか。

核抑止にはどのような合理性があり、どのような危険があるのか。

なぜ国家は核を手放したがらないのか。

軍縮はなぜ難しいのか。

日本が独自に核武装することには、どのような便益と費用があるのか。

そういう問いを、一世代ごとに最初から組み直さなくても済んできたのではないだろうか。

極端に言えば、

被爆者が、反核の論証まで引き受けてくれていた。

「忘れないで」は、永遠に同じ強度では届かない

私は広島と長崎を忘れていいと言いたいわけではない。

むしろ記録は徹底して残した方がいい。

証言も、写真も、医療記録も、社会的差別の歴史も、政策記録も、全部残せばいい。

ただし、

「忘れてはいけない」という記憶への命令と、「だから核兵器をどう考えるのか」という政治判断は別の仕事だ。

私はここを分けた方がいいと思っている。

被爆者本人が、

「私はこうなった」

と語る。

その言葉には身体がついている。

しかし被爆二世になると、それは当然、

「親にこういうことが起こった」

という語りになる。

さらに三世、四世となれば、

「祖父母、曾祖父母の世代にこういうことが起こった」

という歴史になる。

これは価値が薄れるという意味ではない。

説得力の種類が変わるのである。

歴史になったものへ、

「あなたも同じ痛みを感じ続けてください」

だけで80年、100年、150年と接続し続けることは難しい。

人間の情緒はそんなふうには保存されない。

だから私は、記憶を薄れさせないために次世代にも同じ痛みを感じさせ続けよう、という方向には限界があると思っている。

痛みは保存媒体ではない。

2026年の核兵器は、博物館の展示物ではない

しかも核兵器は、過去になっていない。

SIPRIによれば、2026年1月時点で世界の核弾頭は推計約1万2187発。九つの核保有国はいずれも核戦力の近代化を続け、多くの国で核兵器を国家権力の道具として重視する傾向が強まっている。SIPRIは同時に、誤算やエスカレーションの危険も高まっていると警告している。

つまり核兵器は、

1945年にこんな悲惨なことがありました

と過去形だけで教えられる対象ではない。

現在進行形の政治制度である。

しかも、ものすごく厄介な制度だ。

兵器として見れば小回りが利かない。

破壊力が大きすぎる。

放射性物質による影響は爆発地点だけで綺麗に終わらない。

使用後の政治的・軍事的エスカレーションも制御しにくい。

占領したい土地へ使うにも都合が悪い。

ところが、その「使われたら困る」という巨大な損害可能性そのものが、政治的価値になる。

使うメリットが乏しくても、持つメリットがある。

だから各国は手放したがらない。

そして他国が持っているから、自分も持ちたくなる。

この性質を理解しないと、核問題がなぜ80年以上も解けないのか分からない。

「核兵器は怖いからなくしましょう」

だけでは、ここへ届かない。

国家側から、

「その通りです。怖いから抑止力になるのです」

と返された瞬間に議論が止まってしまう。

反核教育は、核抑止をきちんと教えた方が強くなる

だから私は、反核を教えるなら、むしろ核保有側の論理までちゃんと教えた方がいいと思う。

核抑止とは何なのか。

第二撃能力とは何なのか。

なぜ先制攻撃されても報復できることが重要なのか。

なぜ核兵器は実際に撃つことより、撃てると信じさせることに価値を持つのか。

なぜ米国は同盟国へ「核の傘」を提供するのか。

なぜ核保有国は軍縮を口にしながら、核戦力を更新し続けるのか。

なぜ核を持っていない国まで核武装を検討することがあるのか。

そこまで分かったうえで、

「それでも私は核兵器を減らしたい」

と考えるなら、その反核はかなり強い。

逆に、

「当面は核抑止が必要だ」

という結論へ行く人がいてもいい。

私は、核について学んだ人間は全員反核にならなければならないとは思っていない。

そんな教育を始めたら、また「正しい感情」「正しい結論」を作る教育へ戻ってしまう。

教育が作るべきなのは、反核という同じ答えを言う人間ではなく、

核兵器について自分の頭で査定できる人間だ。

その市民の中から、反核も軍縮論も核抑止論も出てくればいい。

そして議論すればいい。

日本の核武装にも「被爆国だから」以外の言葉が必要になる

たとえば、日本の独自核武装について考える。

私は個人的には反対である。

しかし、

「日本は唯一の戦争被爆国だから核兵器を持ってはいけません」

だけでは、私自身はあまり動かない。

では何を考えるか。

日本はいったい、何を抑止するために核兵器を持つのか。

中国か。

ロシアか。

北朝鮮か。

何発必要なのか。

どうやって相手の先制攻撃から核戦力を生き残らせるのか。

運搬手段はどうするのか。

指揮統制はどうするのか。

警戒監視、通信、警備、保守、更新、事故防止、廃棄まで含め、数十年間いくらかかるのか。

その金と人材を通常戦力、ミサイル防衛、サイバー防衛、兵站、無人化へ投入した場合と比べて、独自核はどれだけ追加的な安全保障上の利益を生むのか。

すでに米国の拡大抑止の下にいる日本が、自前の核兵器一式を新規導入する利益はどれほどなのか。

私はそういう算数をしたい。

そして査定した結果、

「政治的にも物理的にも面倒すぎる。自前で巨大な核生態系を飼うより、当面は米国の核の傘を使う方がマシだろう」

というところへ行く。

これは「核は悪魔だから」という結論ではない。

政策判断である。

こういう反核や非核もあっていい。

むしろ、こういう複数の経路を持っておかないと、将来「被爆国だから」という言葉の政治的効力が弱まったとき、一緒に核非武装まで崩れてしまう。

反核を、一つの政治文化だけに預けない

もう一つ気になることがある。

日本では長いあいだ、反戦や反核の言葉が左派的な運動文化と強く重なって語られてきた。

そのため、反戦や反核そのものまで、

「古い左翼の話でしょう」

と一緒に棚へ入れられる危険がある。

私は左右どちらにも定住しないので、これはものすごくもったいなく見える。

核兵器の物理的特性を理解することは左翼思想ではない。

核抑止を分析することも左翼思想ではない。

軍拡の費用を計算することも左翼思想ではない。

戦争が国家財政、人口、物流、医療、産業へ何をするか考えることも左翼思想ではない。

ただの政策判断である。

反核や反戦を長く残したいなら、特定の政治陣営の感情文化から少し外へ出して、

保守でもリベラルでも無党派でも使える公共言語にしておく必要がある。

私はそう思う。

民は、戦争が嫌いでも戦争へ流れる

普通の人は、そんなに戦争が好きではない。

死にたくない。

家を壊されたくない。

家族を失いたくない。

物価が上がるのも嫌だ。

仕事がなくなるのも嫌だ。

だから、

「人々が戦争を嫌いになれば平和になる」

という教育だけなら、ある意味かなり達成されている。

それでも戦争は起きる。

なぜなら人間は、

「戦争したい!」

だけで戦争へ向かうわけではないからだ。

「相手も軍拡している」

「仕方ない」

「防衛のためだ」

「今ここで譲ったらもっと危険になる」

「政府がそう言っているなら」

という小さな判断を積み重ねながら、ぼんやり流れていくことがある。

だから反戦教育に必要なのは、

戦争を嫌う人間を作ることではなく、戦争が嫌なのに、なぜ社会は戦争へ流れうるのか理解する人間を作ること

なのではないか。

反核も同じである。

核戦争を好きな人間など、そう多くはない。

しかし、

「敵が核を持っている」

「こちらだけ持たないのは危険だ」

「核の傘が信用できない」

という状況になったとき、自分で判断できるだろうか。

そのとき役に立つのは、

「広島を忘れるな」

という言葉だけではない。

核兵器とは何なのか。

なぜ国家は欲しがるのか。

その利益と危険は何なのか。

別の手段はあるのか。

そういう知識である。

被爆者の苦痛ではなく、被爆者から得た知識を継承する

私は、被爆者の苦痛を次世代が同じように感じ続ける必要はないと思っている。

苦痛を継承する必要はない。

被爆者が苦痛を負わされた世界の構造を継承して、監査すればいい。

証言は消してはいけない。

むしろ大切に保存すればいい。

しかし、証言の仕事を永遠に、

「次の世代を悲しませ続けること」

にしてはいけない。

証言から得たものを、

知識へ変える。

知識から、

分析へ変える。

分析から、

制度と政策へ変える。

そこまでやって初めて、受け取った側の仕事になる。

日本被団協へのノーベル平和賞について、ノーベル委員会自身が、被爆者がいつか歴史の証人としていなくなる日を明示している。そして新しい世代が、その経験とメッセージを引き継ぎ、核のタブーを維持していくことを期待している。

私は、その「引き継ぐ」をもう一歩進めたい。

被爆者の感情を再現することではない。

被爆者と同じ恐怖を感じ続けることでもない。

被爆者がいなくても、核兵器を自分の頭で査定できる社会を作ること。

それが必要だと思う。

「忘れないで」の次へ

長いあいだ、被爆者は世界へ語り続けてくれた。

「こういうことが起こった」

「二度と起こしてはいけない」

と。

その言葉を受け取った側が、いつまでも、

「忘れません」

だけを返し続けるのでは、少し足りない。

そろそろ、

「受け取りました」

「記録はこちらで保存します」

「核兵器がなぜ危険なのかも学びます」

「核兵器を国家が持ちたがる理由も理解します」

「抑止論とも議論できます」

「現在の安全保障政策も自分たちで査定します」

と言えるところまで行きたい。

被爆者の思いを忘れない人を永久に生産するのではなく、被爆者がいなくても核兵器について考えられる市民を作る。

私は、それが次の反核教育の仕事だと思っている。

被爆者に、2026年以降の政治まで背負わせ続けてはいけない。

1945年の人たちから受け取ったものを持って、

ここから先は、生きている側が頭を使う番である。

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