平和教育から離脱した子どもたちは、どこへ行ったのか|「平和平和うるさい」が生まれるまで

私は子どもの頃、平和教育が嫌いだった。

戦争が好きだったわけではない。

原爆を肯定していたわけでもない。

日本がまた戦争をすればいいと思っていたわけでもない。

ただ、

もう見たくなかった。

原爆。
空襲。
焼けた身体。
死んだ子ども。
戦争映画。
被爆者の証言。

学校でも見る。

地域でも見る。

テレビでも見る。

8月になればまた見る。

怖かった。

そして、うるさかった。

子どもの私は政治思想など持っていない。

右でも左でもない。

安全保障政策について考えたこともない。

ただ、

「平和平和、もううるさい!」

と思っていた。

私は今、この「うるさい」の行方が気になっている。

あのとき平和教育から逃げたかった子どもたちは、大人になってどこへ行ったのだろう。

「平和教育が嫌い」と「戦争が好き」は同じではない

まず、ここを分けておきたい。

平和教育が嫌いだった。

反戦運動が嫌いになった。

原爆の話を聞きたくなくなった。

これらは、

「戦争を支持する」

とは違う。

少なくとも子どもについては、かなり慎重に分ける必要がある。

私自身がそうだった。

戦争に賛成していたのではない。

戦争について与えられる情報の形式に耐えられなかった。

これは大きな違いだ。

ところが教育する側から見ると、

「戦争について知りたくない」

という態度は危険に見える。

無関心なのではないか。

歴史を忘れてしまうのではないか。

平和の大切さを理解していないのではないか。

だから、さらに教える。

しかし、ここで逆方向の作用が起きる可能性はないだろうか。

情緒によって教えれば、情緒によって拒絶される

戦後日本の平和教育には、さまざまな形があった。

歴史を教えるもの。

憲法を教えるもの。

国際関係を教えるもの。

被爆者の証言を伝えるもの。

戦争体験を継承するもの。

それらを一括りにすることはできない。

ただ、私自身が子どもとして強く経験したのは、

悲惨さを感じることで、戦争を拒絶する

という経路だった。

怖いでしょう。

こんなに人が死にました。

こんなに苦しみました。

だから戦争はいけません。

論理として間違っているわけではない。

問題は、この方式では、

教育内容と、それを受けたときの苦痛が結びつきやすい

ことだ。

すると、

戦争が嫌い

ではなく、

戦争について聞かされることが嫌い

になる可能性が出てくる。

さらに、

平和教育が嫌い。

平和教育をする先生が嫌い。

平和運動が嫌い。

その運動を担っている人たちが嫌い。

そこまで進む可能性もある。

ストレス源と政治的ラベルが結びついたら何が起きるのか

ここから先は、私は研究仮説として置いている。

実際にどれほどの人数がこの経路をたどったのか、私はまだ知らない。

調査が必要だ。

ただ、構造としては十分あり得ると思っている。

子どもの頃、

平和教育がストレスだった。

その教育を担っていた教師や運動に嫌悪感を持った。

成長して、それらが「左翼」「リベラル」「市民運動」などの政治的カテゴリーと結びついていることを知った。

すると、

もともとは教材や教育方法への嫌悪だったものが、政治的嫌悪へ翻訳される

ことがあり得る。

「反戦反核、もううるさい」

だったものが、

「左翼うるさい」

になる。

さらにインターネットへ行けば、

反戦運動を嘲笑する言説がある。

平和主義を現実離れしたものとして侮蔑する言説もある。

そこで初めて、

子どもの頃から持っていた嫌悪感に政治的な名前が与えられる。

その人は最初から右派だったわけではない。

戦争が好きだったわけでもない。

ただ、ある教育経験が嫌いだった。

しかし人間は、自分の嫌悪に説明を与えてくれる言葉を見つける。

その説明を反対側の政治陣営が提供したなら、そちらへ吸引される可能性はある。

「反左翼化したから反戦を嫌った」とは限らない

ここで因果関係を逆から見る必要がある。

私たちは、

右傾化した。

だから反戦運動を嫌うようになった。

と考えがちだ。

もちろん、そういう人もいるだろう。

しかし一部には、

反戦・平和を語る特定の文化が嫌いだった

その文化を担う人々を嫌いになった

後から政治的に反左翼化した

という逆向きの経路も存在するのではないか。

これは調べてみる価値がある。

平和教育を受けた人に、

「戦争についてどう考えていますか」

と聞くだけでは足りない。

「子どもの頃の平和教育をどう感じていましたか」

「見たくないと思ったことはありますか」

「平和教育そのものに嫌悪感を持ったことがありますか」

「その嫌悪感は、教師、学校、左翼、市民運動などへの評価と結びつきましたか」

「現在、安全保障についてどのように考えていますか」

そこまで追跡して初めて見えてくるものがあるかもしれない。

もう一つの離脱先は「右」ではなく「無関心」

そして、もっと大きい可能性がある。

反対側へ行くのではなく、

全部どうでもよくなる。

戦争の話は聞きたくない。

原爆も聞きたくない。

安全保障も面倒くさい。

8月の平和特集も見ない。

政治にも関わらない。

これは右傾化ではない。

単純な離脱だ。

情緒的な教育は、強い印象を残すことができる。

しかし強い印象を繰り返し与えれば、

「もう結構です」

という反応も起こり得る。

もしそうなら、

平和教育が生み出す副作用として本当に警戒すべきなのは、

戦争を支持する人間ではなく、

戦争について考えること自体から退出する人間

なのかもしれない。

そして今、もう一つの問題が始まっている

ここからは世代交代の問題になる。

日本の戦後反戦・反核運動を長く担ってきた政治文化がある。

左翼政党。

労働運動。

市民運動。

教員。

被爆者運動。

平和運動。

もちろん反戦や核廃絶は左翼だけの思想ではない。

保守にも反戦はあるし、軍事合理性から核武装に反対することもできる。

しかし戦後日本で、

反戦・反核を継続的に語り、行事を作り、記憶を保存し、社会へ再送信してきた主要な回路の一つが左翼系の運動だった

ことは無視できない。

ここで問題になるのは、

その政治文化が弱くなったらどうなるのか、

ということだ。

左翼が衰退したら、反戦まで一緒に痩せるのか

私はここを心配している。

もし、

反戦
反核
護憲
被爆体験の継承
平和教育

が長いあいだ特定の政治文化と強く結びついてきたなら、

その政治文化への支持が衰えたとき、

中に格納されていた反戦・反核まで一緒に運搬能力を失う

可能性がある。

反戦そのものが論理的に否定されたわけではない。

核廃絶が論破されたわけでもない。

ただ、

それを毎年語っていた人がいなくなる。

集会を開いていた人が高齢になる。

被爆者が亡くなる。

平和教育を熱心に担った教師も退職する。

政治的な支持基盤も小さくなる。

すると思想は反論によって消えるのではなく、

配送網がなくなって消える。

これはかなり怖い。

「左翼を好きでなければ反戦できない」は困る

だから私は、反戦と反核を特定の政治陣営から少しずつ独立させた方がいいと思っている。

左翼がやってはいけない、という意味ではない。

左翼もやればいい。

保守もやればいい。

中道もやればいい。

政治に興味のない人も考えられるようにすればいい。

必要なのは、

どの政治的アイデンティティを持っていてもアクセスできる反戦・反核の論理

だ。

たとえば核兵器なら、

「広島を忘れるな」

だけではなく、

核抑止とは何か。

第二撃能力とは何か。

核戦力の維持には何が必要なのか。

独自核武装にはいくらかかるのか。

事故や誤認のリスクはどう管理するのか。

日本が独自核武装した場合、現在の日米同盟と比べて何が改善するのか。

そういう問いを置ける。

戦争についても、

「戦争は悲惨だからいけません」

だけではなく、

なぜ国家は戦争を始めるのか。

抑止はなぜ失敗するのか。

同盟にはどんな利益と危険があるのか。

軍拡は戦争を防ぐのか、逆に危険を高めるのか。

経済制裁には何ができるのか。

国際法はどこまで機能するのか。

民間人を守る制度には何があるのか。

そういうことを教えればいい。

情緒を捨てる必要はない。でも情緒だけに預けない

私は、戦争について悲しんではいけないと言っているわけではない。

広島の資料を見て泣く人がいていい。

被爆者の証言に心を動かされてもいい。

怒ってもいい。

祈ってもいい。

人間なのだから当然だ。

ただ、

反戦という公共的な判断を、その感情が発生することに依存させない。

ここが重要だと思う。

悲しくならない人にも戦争は査定できる。

被爆写真を見られない人にも核政策は考えられる。

左翼が嫌いな人にも核軍縮は検討できる。

保守的な人にも戦争回避の合理性は理解できる。

逆に平和運動が好きな人でも、安全保障政策について学ばなければならない。

つまり、

感情と判断を切り離すのではなく、判断が感情だけに依存しないようにする。

若い世代が見る安全保障環境は、もう違っている

これも重要だ。

戦後直後の世代が見ていた世界と、今の若者が見ている世界は違う。

ウクライナで戦争が起きた。

中東でも武力紛争が続いている。

中国、ロシア、北朝鮮を含む東アジアの安全保障環境についても、日常的に報道される。

その世界を見ている若者に、

「戦争は悲惨です」

だけを渡しても、

次の問いが残る。

じゃあ、どうやって防ぐの?

軍備を減らせばいいのか。

軍備を持った方が抑止になるのか。

同盟は必要なのか。

核抑止は必要なのか。

外交はどこまで機能するのか。

相手が軍備を増やしたらどうするのか。

ここへ答える道具を渡さなければ、

情緒的平和教育と現実の国際情勢の間に巨大な隙間ができる。

その隙間へ、

「平和主義なんてお花畑だ」

という単純な言説が入ってくる。

そして、それは強い。

なぜなら少なくとも、

子どもが大人になって初めて抱いた安全保障上の疑問に答えているように見えるからだ。

平和教育を「判断教育」へ更新する

だから私は、平和教育をやめるのではなく、更新したい。

情緒教育から、

判断教育へ。

悲惨さを知る。

歴史を知る。

証言を保存する。

それに加えて、

軍事を知る。

外交を知る。

核兵器を知る。

国際法を知る。

防災を知る。

異なる政策を比較する。

そして最後は、

自分で判断する。

教師が正解を渡さなくてもいい。

「戦争はいけないと思いました」

という感想文を書かせなくてもいい。

むしろ、

「軍備を増やすことで戦争を防げる場合と、軍拡競争を悪化させる場合の違いは何か」

くらいを考えてもらえばいい。

ずっと面白い。

そして、ずっと難しい。

でも、その能力は大人になっても使える。

「平和平和うるさい」と言った子どもにも、戻ってこられる入口を作る

私は子どもの頃、

「平和平和うるさい!」

と思っていた。

でも今は、戦争について考えている。

核兵器についても考えている。

つまり私は、反戦そのものから離脱したわけではなかった。

情緒的な入力形式から離脱したかっただけだった。

もし、こういう子どもが他にもいるなら、

その子たちを失う必要はない。

怖い写真を見なくてもいい。

感動しなくてもいい。

教師と同じ結論を言わなくてもいい。

左翼にならなくてもいい。

保守になってもいい。

政治的な所属を持たなくてもいい。

それでも、

戦争について考えられる。

核兵器について査定できる。

自分の国の安全保障政策を読める。

必要なら反対できる。

必要なら支持できる。

そして状況が変われば判断を更新できる。

私は、そういう平和教育の方が長持ちすると思う。

被爆者がいなくなっても。

戦争体験者がいなくなっても。

左翼が衰退しても。

今ある平和運動が消えても。

反戦・反核そのものが、一緒に墓へ入らなくて済む。

戦争を嫌う感情を相続させるだけではなく、

戦争を査定する能力を相続させる。

その能力なら、

政治的な配送業者が変わっても残る。

「平和平和うるさい」と耳を塞いだ子どもが、

何十年かあと、自分で資料を開くこともできる。

私は、その入口を残しておきたい。

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