8月6日が来る。
広島に原爆が投下された日だ。
私たちは黙祷する。
被爆者の証言を聞く。
原爆についての番組を見る。
新聞には特集が組まれる。
学校では平和について学ぶ。
それ自体を、私はやめる必要はないと思っている。
死者を追悼する。
何が起きたのかを記録する。
二度と同じことが起きないよう歴史を継承する。
それはこれからも続ければいい。
ただ私は、ここへ一つ追加したい。
8月6日に、避難訓練もしませんか。
追悼したあと、生きている人間は何をするのか
これは原爆投下を「また起きるかもしれない」と煽りたいわけではない。
むしろ逆だ。
私は子どもの頃から長いあいだ、戦争や原爆について、
「こんなに恐ろしいことがありました」
という教育を受けてきた。
では、大人になった今の私は、
もし核兵器が使用されたとき、何をすればいいのだろう。
ここが案外分からない。
核兵器について怖い話はたくさん知っている。
広島と長崎についても学校で何度も習った。
それなのに、
核爆発が起きたらどこへ逃げるのか。
屋外にいたらどうするのか。
自宅にいたらどうするのか。
どんな情報を確認するのか。
行政からどんな指示が出るのか。
自分の住んでいる地域では、どこへ避難できるのか。
そういうことになると急に心もとない。
これはちょっと変ではないだろうか。
核兵器についてあれほど教育されたのに、私は核兵器から生き残る方法をほとんど教育されていない。
「怖い兵器です」で教育を終わらせない
もちろん、核兵器が恐ろしいことは知る必要がある。
しかし私は、そろそろその次へ進んでもいいと思う。
原爆の悲惨さを知る。
そこで教育を終了するのではなく、
では現在、核兵器はどういう兵器なのか。
まで進む。
どのような破壊が起きるのか。
爆風とは何なのか。
熱線とは何なのか。
放射線とは何なのか。
放射性降下物とは何なのか。
核兵器は現在どの国が保有しているのか。
なぜ国家は核兵器を持っているのか。
核抑止とは何なのか。
軍縮とは何を減らそうとしているのか。
日本は現在、核兵器とどういう関係にあるのか。
そして、
もし実際に使用された場合、市民はどう行動するのか。
そこまで一続きで教えてほしい。
それなら原爆教育は、
「昔、こんなに恐ろしいことがありました」
という過去の記憶だけではなく、
現在を生きるための知識になる。
8月6日を「核リテラシーの日」にする
たとえば8月6日に、こんなことをやってもいいと思う。
黙祷する。
広島と長崎について学ぶ。
そしてそのあと、現在の核兵器について学ぶ。
核抑止について、賛成と反対の両方の議論を読む。
現在の日本の安全保障政策を確認する。
核兵器禁止条約や核軍縮について調べる。
そして最後に、
自分の地域で核兵器が使用された場合の行動を確認する。
これなら追悼と防災が同じ日に存在できる。
死者を忘れないことと、生者が生き残る能力を上げることは矛盾しない。
むしろ私は、
死者へ頭を下げたあと、生きている側の能力を一つ上げる。
という8月6日があってもいいと思う。
避難訓練をすると、核兵器が急に具体的になる
避難訓練には、もう一つ利点がある。
核兵器についての議論が、急に現実になることだ。
たとえば、
「地下へ避難しましょう」
と言われたとする。
そこで私は思う。
地下ってどこだよ。
私は奈良で暮らしてきた。
大都市のように地下鉄網が張り巡らされているわけではない。
巨大な地下街がそこら中にあるわけでもない。
地下壕なんて日常生活の中にはない。
奈良なんか下手に掘ったら、
避難施設より先に文化財が出てきそうである。
「地下へ避難しましょう!」
「地下がありません!」
「掘りましょう!」
「遺跡が出ました!」
核戦争の前に発掘調査が始まってしまう。
笑い話みたいだけれど、ここはかなり重要だ。
防災は、抽象論では成立しない。
東京と奈良では条件が違う。
都市部と農村部でも違う。
地下施設が豊富な地域と、ほとんどない地域では避難計画が変わる。
住宅の構造によっても違う。
だから、
「核兵器は恐ろしい」
という全国共通の教育だけではなく、
では、あなたが今いる場所ではどうするのか
まで落とす必要がある。
ここまで来ると、平和教育は急に生活へ接続する。
避難訓練は「核戦争を受け入れること」ではない
こういう話をすると、
「核攻撃から避難する方法を教えることは、核戦争を前提として受け入れることになる」
という反応もあり得ると思う。
でも私は、そうは思わない。
地震の避難訓練をするからといって、地震を肯定しているわけではない。
津波避難を教えるからといって、津波を受け入れているわけでもない。
火災訓練をするからといって、放火を容認しているわけでもない。
起きてほしくないことと、起きた場合に備えることは両立する。
核兵器についても同じでいい。
核兵器を減らす努力をする。
使用されないよう外交をする。
核戦争を避ける制度を作る。
その一方で、
万一使用されたとき、市民が一人でも多く生き残れるよう知識を持つ。
これは矛盾ではない。
むしろ「絶対に起きてはいけないから、起きたときのことは考えない」という方が私は怖い。
「核兵器をなくしたい」と「核兵器を理解する」は両立する
私は、反核教育が核兵器について詳しくなることを恐れなくてもいいと思う。
核兵器がどう使われるのか。
核抑止がどう成立しているのか。
なぜ国家が保有するのか。
どうすれば被害を減らせるのか。
そこまで知った人が、
「だから私は核廃絶を支持する」
と言ってもいい。
反対に、
「一定の核抑止は必要だ」
と判断する人が出てもいい。
教育の目的を、
全員に同じ答えを言わせること
ではなく、
核について自分で査定できる市民を作ること
へ移せばいい。
そうすれば8月6日は、
「正しく悲しむ日」だけではなくなる。
考える日になる。
調べる日になる。
備える日になる。
被爆者がいなくなっても残るものを作る
これは、被爆者の高齢化とも関係している。
生身の証言者がいる時代は、いつまでも続かない。
やがて戦争体験者が一人もいない社会になる。
そのとき、
「忘れないで」
という言葉だけで反核を継承し続けることには限界がある。
記憶は残す。
証言も残す。
資料も保存する。
しかし、それと同時に、
証言者がいなくても核兵器について判断できる能力を社会に残す。
私はそちらも、継承だと思う。
被爆者の苦痛を次の世代へ疑似体験させ続けることだけが、継承ではない。
なぜあの惨事が起きたのか。
核兵器とは何なのか。
なぜ現在も存在するのか。
どうすれば使用を防げるのか。
もし使用されたらどう生き残るのか。
それを自分で調べ、考え、判断できる人間を増やす。
記憶を継承するだけでなく、能力を継承する。
そちらへ少しずつ重心を移してもいい時期なのではないかと思う。
黙祷のあと、訓練しよう
だから私は8月6日に黙祷することを否定しない。
死者を悼む。
記録を見る。
証言を聞く。
それから、顔を上げる。
今、世界に核兵器は何発あるのか。
日本はどのような安全保障環境にいるのか。
自分の自治体にはどんな計画があるのか。
警報が出たらどうするのか。
家族とはどう連絡を取るのか。
どこへ移動するのか。
地下がなければどうするのか。
今年一つでも覚えれば、去年より少しだけ核兵器に強くなる。
私は、そういう8月6日が好きだ。
死者の苦痛を毎年もう一度再生するだけではなく、生きている人間の能力を毎年一つ増やす。
追悼と学習と防災を、一つの日に置く。
そうすれば8月6日は、80年前へ戻り続ける日であると同時に、
次の80年へ備える日にもできる。
私はそろそろ、そんな平和教育を受けてみたい。

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